疲労のあまりその日暮らしのように時を過ごしました。
やっと…状態で書いたフックス先生への手紙を投函したのは17日…
その後も最低限のことしかできず、暇さえあれば寝ていました。
20日何やら勇壮な音が聞こえて、物見高いので見に行きました。
その後三ヶ月ごとの子どもたちの様子をお知らせする文をコピー。
午後には高校のバザー会場へと足を運び、旧・現公文生と写真を。
その後、太鼓の音に引かれ部外者ですから歩道橋上から隣人と観察。
時間ギリギリに別扱いで入り口まで車で到着は、元知事女性…
夜になってから、もう教室だよりを作らねばならないと気づき・・
21日何とか文案をまとめたものの、大学のテスト最終日は翌日!
どんなに頑張っても苦手の物理を振り返る暇はありません。
夫が寝てからの一時間だけ、食に関しての講義を振り返りました。
前回時間に追われたテストで失敗したので、繰り返したくない・・
22日朝起きられず、講義録を振り返っていると夫が早く起床。
着替えや食事の用意などで時はドンドン過ぎます。
必死でそれぞれのページをあたるうち、夫はソファで眠り…
ふと気づくと1時に近く…慌てる私に、夫は俺は昼は要らん!と。
それなら…と、そのまま復習を済ませて、テストに臨みました。
前回同様時間は余りましたが、何しろ失敗しているので振り返りを。
3時を過ぎていましたし、見るだけでも…の物理テストはパス!
出かけようとする頃生協品が届き、頼んでいないモモが二箱も。
でも突き返しても担当者が困る訳で、兄・割烹さん・従妹・猫家へ・・
その一方で教室だより印刷を依頼に…何と後貼りカレンダーを忘れ!
家にとって帰して、教室日に印をして再度社協へ駆け込みました。
大汗をかきながらあちこちに無理やり押し付け配達…
ついでなので、小学校で北欧少女(妹)の様子を聞かせてもらいました。
父親がお世話になった…と挨拶に行ったと聞いていたからです。
R君は公文を多分頑張る…と予想していますが、私の意気消沈の素でした。
親の期待はどこにあったのか…割り切れない気持ちが澱のように・・
23日ようやく体調も落ち着き、公文に冷静に臨める日となりました。
例年通り横浜から三兄弟が一ヶ月生となってやって来ました。
やめたい気持ちが起きた兄、お母さんは何も言わずに見守っていて…
長万部へ行けても、私の所へは行けないね、の殺し文句が効いたよう…
声変わりした彼、大人びて進んでいるAちゃん、相変わらず元気な次男…
元気をもらって、漢字が読めるか否かを確かめて北欧へ手紙を出します。
(R君には既に二回書きましたが、お母さん情報がもらえておらず。)