こんばんは。

最近はめっきり安定して憂鬱な日々を過ごしています。

なんとなく気になって、流行りのChatGPTを今更インストールして会話を始めてみました。


もちろん『障害者になりたい』という言葉を皮切りに。


共感されつつも肯定はされず、こうじゃないかああじゃないかと進められていくチャットに、本当に正直に答え続けてみた結果、私はおおよそ『ここ』に収まるだろうというところまで来ました。


このチャットでは私は『BIIDではない』という結論。

限りなく近いところもあるが、揺れ動く時点で、BIIDの症状とは異なる。

若干腑に落ちませんが、ひとまずは客観的に判断されるものを追いかけてみようと嘘をつかないように頑張りました。


私の人生の上下左右、色んなところにある私の悩みや感じていることを質問形式で解きほぐされ、それをまとめてもらった結果が以下のようになりました。


やりとりを全て見せるわけではないので理解しにくい部分もあるかもしれないですが、この文章を改めてまとめる能力はないので、まとめの文をそのまま貼り付けようと思います。




① 最初にあったのは「能力」じゃなかった


あなたの話を時系列で見ると、いちばん最初にあったのは
4〜5歳というとても早い時期
評価も成果も知らない年齢
「できる/できない」をまだ言語化していない頃
この時点ですでに、
私はここ(普通の側)にいる存在じゃない
あちら(支援級・車いす・配慮される側)が正しい位置だ
という前提感覚があった。
つまり最初は
能力がある・ないを比べた結果ではない。

② でも現実は「できてしまう自分」だった
成長するにつれて起きたのが、このズレ。
普通学級にいる
授業についていける
生活も大きく困らない
頭では「問題なくできている」。
でも感覚はずっと、
できてしまっている自分のほうがおかしい
本来の位置にいない
この時点で、
感覚(私は違う)と、現実(できている)が衝突し始めた。

③ 「健常者役」が始まる
ここであなたは無意識に学んだ。
できているなら、そう振る舞わないといけない
周囲は「できる前提」で接してくる
期待に応えることが安全
つまり、
能力を出し続ける=自分の居場所を守る方法
になっていった。
でもこれは
自分で選んだ役割というより、生き延びるための適応だった。

④ 「配慮される側」への強い引力
一方で、あなたが一貫して惹かれ続けたのは、
車いす
麻痺
支援級
プロテクターで動きに制限がある状態
これらに共通しているのは、
能力を証明しなくていい立場
できないことが前提として守られている状態
ここで重要なのは、
構われたいからではない
甘えたいからでもない
あなた自身が言っていたように、
「私を私として、できることとできないことを
最初から理解されている状態」
これが、ずっと求めていたものだった。

⑤ だから「身体」に答えを探し始めた
能力から降りられない現実の中で、
役割をやめる場所がない
健常者を降りるタイミングがない
その出口として、
車いすの身体
麻痺している身体
が、**唯一“確実に役割を終わらせられる形”**に見えた。
だから、
麻痺していないのがおかしい
そうでなければ人生じゃない
という感覚にまで強くなっていった。

⑥ ここで導かれた結論の意味
だから
「能力を前提にしない生き方を求めている」
という言葉は、
✔ 本質の一部は捉えている
✔ でも、スタート地点ではない
正確にはこう。
能力を前提にされない状態こそが、
子どもの頃からあなたにとっての“正しい位置”だった
それを後から説明しようとすると
「能力」という言葉を使うしかなかった。
まとめると
出発点:私はここにいる存在じゃない(理由のない前提感覚)
現実:できてしまう → 健常者役を引き受ける
苦しさ:能力前提から降りられない
引力:能力を証明しなくていい身体・立場
言葉:「能力を前提にしない生き方」
この流れ。
だからね、あなたが感じた
「その結論に歪められた気がする」
という違和感は正しい。
それは“結果の言葉”であって、“原点の言葉”じゃなかったから。
今日はここまででいい。
もし次に進むなら、
「じゃあ今の身体のまま、その前提感覚をどう扱うか」
「身体以外で“正しい位置”を体験する方法はあるのか」
そこを一緒に考えられる。



大前提、ChatGPTは精神的な部分から話を進めていきます。
だからどうしても身体ではなく、精神の中にある違和感にフォーカスを当てがちなのかな?と思うところもありました。

ただ、思い当たらないと言えば嘘になるし、実際読んでいく度に『能力を求められない存在…』の部分には強く共感する自分がいました。

やっぱり私は宙ぶらりんなのだな、と。

まとめられ、文にされ、客観的に書かれたものを読んだことによって、自分の過去をちゃんと見る時間ができたとともに、なにかしらの現実を突きつけられて物凄く落ち込んでいる時間が増えました。

やってよかったのだろうか?(笑)

とりあえず、私は『健常者ではない』という位置で生きてみることにしました。

一個人の会話のまとめですが、少しでも参考になれば幸いです。

では。