ある日の諏訪湖



不快をやめる

快適を選ぶ



またまた

帰省した時の気づき




帰省のタイミングで

東京は雪

地元もなかなかの冷え込み



家に着いて

当たり前のように暖房を入れて

部屋を暖めた


ロールスクリーンで仕切られた

部屋の中は

快適


部屋の外は

寒くて不快



...


まだ地元にいる頃は

部屋が寒くても暖房は入れず

一枚羽織るくらいで事足りていたし

こたつで十分過ごせると

思っていた



でも

八ヶ岳に住んでからは

ここの冬の寒さもハンパないし

暖房を使うことが

当たり前になっていて。


その感覚で

帰省して暖房をつけて


暖かい部屋での

体の快適さと


寒くて冷えているところの

体の不快さを

まざまざと感じた




これ


以前は寒さを我慢して

過ごしていたんだよ

不快な方を

自ら選んでいたの




寒いけど

なんとかやり過ごせる

だから

ちょっと我慢すれば

良いよね


とゆう思考


この思考パターンは

もちろん

別な所でも発生してる



例えば

部屋の動線


物があって動きにくい

取りにくいなど


不快なのにも関わらず

それが当たり前になって

変えられない

捨てられない


だから

仕方がないと

我慢する


ちょっとしたことかもしれないけど

このちょっとした

不快が

どんどんストレスになって行くと思うんだよね



これが当たり前になってくると

我慢して当たり前になるから

自分の機嫌が

どんどん悪くなってくるし


ましてや

我慢がスタンダードになるから


こうしたい!こうなるといいな!とゆう

純粋な

望みすら出てこなくてなる



しまいに

我慢せずに

ペロッとやる人が目の前に現れて

その人に対して

怒り狂うとゆうパターンになる




だから


生活の中での

ちょっとした不快に気づいて

それを快適に変えて行く



部屋の動線

ケータイの音量

部屋の明るさ

料理の味や量

洋服や下着

本のレイアウト

お茶の種類

カップの大きさや柄


書き出したらキリがない

けど

このくらい

ごくごく当たり前の日常の中から

快適を選んで行くことが

ストレスフリーな生活に繋がっていると思うし



快適な気分を毎日味わえるなら

やっぱり最高だなと思わない?







日常の中で

不快を取り除く作業は

ある意味

私自身に意識を向けることでもある




だからそれは

自分に対する

愛の行動だと思うよ









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