長きに渡りBigがお世話になった皆様へ

 

父はお酒が大好きで、

 

楽しいことが大好きで、

 

人とおしゃべりすることが大好きでした。

 

そんな父は、最期までBigらしく

 

2022年11月21日に84歳の人生を全ういたしました。

 

2022年4月に下肢閉塞性動脈硬化症に端を発して入院し、足にも心臓にもカテーテル治療をしていただきました。

 

完治は難しくても、リハビリさえ頑張れば、横浜で一緒に過ごせる!

 

そんな時間を夢見ておりました。一時期はそのくらい、回復しておりましたのに。

 

父は逸話の多い人でした、最期まで、本当に…。

 

たとえば、こんな感じです。


1。四十九日が妻の三回忌と重なるように命日を選ぶ
2。施設入居のため横浜移動予定だったが、その前日を命日に選ぶ
3。娘の義母と同じ命日を選ぶ

 

1。命日からちょうど四十九日目は、妻・ミーさんの三回忌を予定していた1月8日でした。

 

本人の入院が長引いてしまったため、あんなに準備していた妻の三回忌をキャンセルせざるを得なかったことが

きっと心残りだったのでしょう。
結局、自分の命日をそれに合わせたかのようです。
(2023年1月8日は本人が準備していた通り、ミーさん三回忌に加えて、Bigの四十九日法要を行うことにしました。)

 

2。横浜の老人施設に入居するため、一緒に横浜移動する予定でしたが、その前日を選んで旅立ちました。

 

このブログに残したように、去年の夏はとても元気で、横浜で数ヶ月楽しく一緒に過ごしました。

その後入院したのをきっかけに、再度横浜にお誘いし続け、やっと承諾してくれました。

横浜の老人施設への入居も決めて、11月22日から横浜へ大移動開始の予定でした。

新しい洋服もパジャマも、使い慣れたお茶碗もカップも、部屋に飾るカーテンも

Bigの到着を今か今かと待っていました。

 

まさか、その日に本人の葬儀を行うことになろうとは、夢にも思いませんでした。

私たちに迷惑をかけたくなかったのか、広島の地で旅立ちたかったのかもしれません。

病院から急変の連絡をもらって、私や主人、孫、みんなが揃うのを待ってから

旅立ちました。

 

3。主人の母と同じ命日になったこと

 

主人の両親と私の両親(Bigとミーさん)は本当に仲良しでした。

実は11月21日は、主人の母と同じ命日なのです、15年前に亡くなりましたが。
私たちが覚えやすいように同じ日を選んだのかな。
私の母ミーさんは昨年2021年の1月に亡くなりましたが、同じ年の9月に主人の父も亡くなりました。

この二年の間に4人が勢揃いしてしまいましたが、仲が良かった4人のこと、

今頃は彼の地でまた楽しく笑いあっていることでしょう。

 

その他、逸話をあげたらキリがありません。

 

ミーさんが亡くなった昨年は、世の中もまだコロナ禍に慣れていない頃。

 

だれとでも仲良くなってしまうBigは、案の定、葬儀屋さんとも仲良くなり、

 

「今回は家族葬じゃが、ワシの葬式は盛大にやってくれ!」とお願いしていました。

 

まさか、まだコロナ禍が落ち着かないうちに旅立ってしまうなんて。

 

Bigが生前に大変お世話になったにも関わらず、家族葬で見送ってしまったことをお許しください。

 

Bigと仲良くしてくださった皆様、本当にありがとうございました。

 

心よりお礼申し上げます。

 

 

 

 

家族葬で見送りました。

ご連絡が遅くなり、大変申し訳ありませんでした。

 

* 準備中の祭壇

まだ遺影も供花もない、準備途中の祭壇の様子を、遠くから。