私の人生において
東日本大震災というのは
ずっとずっと心から離れません。
なぜ私が生きているのか?
なぜ無念にも亡くなられた方が
たくさんいらっしゃるのに
私は現世で生きているのか?
今からでも
身代わりになれるのならなりたい。
そして震災から2年後の夏、
私は病気の影響で
三途の川の手前まで行きました。
あの時も一歩間違えば
スっと三途の川の向こう側に逝っていた。
紙一重だった。でも軽傷で済んだ。
あの時、止血をしながら思いました。
俺の命は生かされている命だ、と。
誰かのため何かのために
生かされた、と。
それが何なのかはわからない。
だからこそ生き続けなければならない。
這いつくばってでも社会参加を
続けなければならない。
「生き方」という
漠然とした概念が
大きく変化したきっかけです。
私は今に至るまでずっと
自分が生かされた意味を探し続けています。
まだ見つかっていない、
もしくは
見つかっているけど
気付いていないのかもしれない。
いずれにしても
生かされたこの命は全うさせたい。
何かの意味は絶対にあるのだから。

