産後うつでしたが、職場復帰します。 -2ページ目

産後うつでしたが、職場復帰します。

自分は絶対ならないと思ってたけど、たぶん産後うつ。その記録。

長女ちー出産から、長男たーが1歳になるまでの2年半のこと。

あと、これからのこと。

おらんかったらなんもないのに、
おると思うとイライラする。

やばい。
イライラがとまらん、

しゃべらんでほしい
顔も見たくない
存在自体消えてほしい


同じ空間におれん、
イライラする。

しゃべるな。
消えろ消えろ消えろ。


淋しかったけかな。
ちゃんと伝えよう。
私が声を押し殺して泣いていた時
とくさん(夫)は隣で昼寝していました。
大きないびきをかいて。

こんなにちー(長女)が泣きわめいているのに。


出産した日の夜と同じやん。と思いました。
でも、とくさんに対する苛立ちは
その時より100倍くらい大きくなっていたと思います。


『お前の子供が泣いてるやろ。
お前の嫁が泣きながら搾乳してんのよ。
片手で子供抱きながら。
ぐーぐー寝てる場合じゃないでしょ。
「可愛い可愛い」言ってるだけで良いのは
じいちゃん、ばあちゃんとかだけ。
親は子供の世話して、子供の命を守っていかないけんのよ。
それが出来んなら、お前いらんよ。
家帰れよ。
おらん方が良い。
お前おったら、イライラして
そんなイライラしとる母親に抱かれるちーも可哀想。
消えろ。』
と思っていました。

ちーの命は私一人で守っていかないけんのやな。と覚悟しました。


そんな時にふすまが急に開いて
ばあちゃん(母)が
『ちーちゃん抱っこしとくよ。
だいは疲れてるやろ??
ちーちゃんがお腹空いてそうやったら
ミルクあげてみるから。
だいはちょっと休んどき。』
と言ってくれました。


返事もできないくらい泣いてしまいました。


助けてくれる人がいた。
という安心感と
本当はとくさんにそうして欲しかった。
(とくさんが心配して声をかけてくれるのを
待ってたのかもしれないです。)
という悔しい気持ちがありました。





産院の廊下で泣いてしまった私に
声をかけてくださった助産師さんは
『それは心配ですね』
と、とても優しく言ってくれました。
一緒に悩んでくれている気がして
その優しさに更に泣いてしまいました。

優しい助産師さんに話を聞いてもらって
少し楽になりましたが
気持ちの切り替えが全くできないまま家に帰りました。


明らかに落ち込んでいる私に
とくさん(夫)も両親もかなり気を遣ってくれていました。


ご飯を食べる気も起きず
お座敷にこもっていると
また長女ちーが泣き止まなくなってしまいました。

ミルクをあげればお腹いっぱいになって
ちーも落ち着くだろうとは薄々感じていました。
実際に体重測定してくれた助産師さんも
そうアドバイスしてくれてましたし。


でもその時
『ミルクなんかに頼るのは
母乳を諦めたダメな母親のすること
母乳の出ないかわいそうな母親がすること』
という謎の信念を持っていて
『母乳育児が良い(ミルクより優れている)
母乳をあげ続ければ、量も出る様になる
私は完母で育てられる』
と自分に言い聞かせて
『ちーが泣いてるのは
おっぱいが出ないからやなくて
上手に飲めんからや』
と自分に思い込ませ、搾乳したものを哺乳瓶であげることにしました。


しかしその日も朝食以降飲まず食わずだったので
もちろんおっぱいは枯れていて
搾乳してもほとんど出ず。


全然量が出ないことにまた悲しくなって
(その時は自分が、
水分補給が足りないと母乳ができにくいということに気付いてなかった)
泣き止まないちーに対しても悲しくなって


暗い部屋で
泣きわめくちーを片手で抱っこしながら
もう片方の手で
出ない母乳を絞りだそうと小さい胸を絞りながら
『自分はダメな母親やな。情けな。』と思い
隣の部屋の両親に聞こえないように
声を押し殺して泣いていました。