みなさんこんにちは
(長文になると思いますし 内容が重いです)
3月3日ひなまつりの朝 旦那ちゃんに電話がきました
「息が弱くなっています どうされますか?」
義母の病院からでした
こんな時期です
行くにも 面会するにも まだ制限があります
10時の約束をして 出かけました
義母は
昨年の11月末に
施設で 車いすに移動しようとしたときに転び
救急車で病院へ行きました
骨盤すぐ下の左大腿骨が骨折していて
高齢なのと もともとある心臓病もあって
(重度の心臓弁膜症 いつとまってもおかしくない状況)
手術が困難になるために 温存療法となりました
12月半ばになる前に
整形外科から 循環器病棟へ転科し
年を越せないかもしれないと言われました
その後 持ち直し 年を越せました
入院していた病院が 3次救急指定病院なので
長期入院が不可で 転院しなければならなくなり
入院した病院の隣にある
介護病棟と 看取りのための病棟がある
介護医療院へ 2月初めに入院しました
ほぼ1か月になる3月3日に連絡が来て
行ってみると
今日明日明後日の覚悟と すぐに連絡できるよう
準備をしていてくださいと言われてから
面会をしました
まさか そこまでとは思わないで出かけていましたので
少しびっくりでした
息は やっとしている感じで 目もまばたきがありません
それでも最後まで聞こえているので
声かけはしてみると あー とか うー とか
声は聞くことができました
面会を終え
一緒に来ていた長男と次男クンが 近くのお店に
行きたいというので 出かけ
その後 お昼を食べ 近くの駅で 長男と別れ
長男は そこから酒田に戻ることにしました
旦那ちゃんと私と次男クンは
もう1軒だけ寄ってから 帰り道をたどると
途中で旦那ちゃんに 息が止まりました と連絡がありました
そこから引き返し 長男に連絡し
改札を入って電車に乗り込んでしまいましたが
運よく出発前の長男も そこから戻ることができました
娘ちゃんにも連絡をして
泊まれる荷物を作って 最寄り駅まで来てもらうよう
連絡しました
義母の息は 止まっていましたので
死に目には 間に合いませんでした
それから 診断をしていただき
3月3日14時30分の時間で 目を落としました
診断名は 老衰 でした
(多分 昔 地元で撮った虹だと思います)
3月30日生まれでしたので もう少しで誕生日でした
亡くなったのが 3月3日14時30分
名前にも「み」が入っていて
3 に縁があったようです
この機会に書きますが
一昨年 令和4年12月11日午前11時11分
私の方の母(ばば様)も 虹の橋を渡っています
翌日が次男クンの誕生日だったので
誕生日は普通にお祝いしたいのがあって
同じ日はイヤだと思っていましたが
ばば様は それをわかってくれていたようです
もちろん?死に目には 間に合いませんでした
ばば様は 誤嚥性肺炎による肺炎 と書かれました
義父は
平成14年12月31日午後11時10分
心筋梗塞でした
じじ様は
平成16年9月1日15時50分
肺炎でした
皆 1 の数字が入っています
偶然ですが こじつけになるかもしれませんが
誕生日
旦那ちゃん 2月21日
私 10月14日
長男 6月16日
次男クン 12月12日
娘ちゃん 1月4日 と 1 が入っています
多分 偶然ですね きっと。。。
そして
今回思ったのは
病院により 処置も対応も 全く違うんだなぁと
思いました
そりゃぁー 仕方ないよね
3日に亡くなったのですが
6日が友引だったので
そこは 私がイヤなので勘弁してもらって
5日に納棺
6日お通夜
7日葬儀 告別式 7日35日法要 と
全て終えることができました
新潟市は
結構 友引関係なく 葬儀を行うんですって
ウチ市は
友引は やはり行う人がほぼいないので
斎場が休みになるんです
人口のせいかね?
土地や地域によって いろいろ違いますものね
義母は
男勝りで 気が強く 負けん気がありました
そして 潔癖症ではないけれど 几帳面ときれい好き
ココ 私とは 正反対かも?
ふきんや タオルなど
干したら 1ミリの誤差なく ほしたい感じで ずっとそろえてた
昔は
足を洗わないと 家にも入れてくれないほどと
旦那ちゃんのいとこサンたちから聞きました
コロコロがなかったけれど
あちこちに ゴミ取り用の
セロテープとガムテープが切ってありました
床も 磨きすぎて 下の木が出ちゃっていたところも
ありましたねー
得意な部分があれば 不得意な部分もあるように
お料理は 多分下手だったんだろうと感じています
旦那ちゃんと付き合うようになってから
1度たりとて 手料理は 食べたことがありませんでした
きれい好きもありますが
キッチンは 料理しないでしょうっていうくらい
きれいすぎました
調理用具を見ても 使っていないんじゃないかと思うほどでした
あげれば キリがなくなりそうだし
潮干狩りができそうなくらい ひかれそうだし。。。
お義母さんのためにも これくらいで。。。
きっと
これからいろいろ思いだすんだと思います
お義母さん
いままで ありがとうございました
お義母さんのようには なれないけれど
いいところをマネしながら
家族一丸で 頑張っていきます
本当にありがとうございました