夢と現実の狭間に身を委ねた彼女たちはみな、涙に暮れた。
2016年の全米女子オープンは、間近に迫った8月のオリンピック各国代表の座を争う最後の一戦になった。大会終了後の世界ランキングをもとにした五輪ランキングで決まる、リオデジャネイロ行き切符の獲得選手。野村敏京に次ぐ日本女子代表の2番手争いは熾烈さを極めるものだった。
僅差で3番手からの逆転を狙った宮里美香、4番手にいた渡邉彩香の願いは叶わず、夢破れて啜り泣いた。最終的には逃げ切りで出場権を手にした大山志保も、2日目に予選落ちを喫した時点で目を潤ませてコースを去った。
韓国代表入りを逃したイ・ボミもまた、自失した表情。甘い笑顔は厳しい現実に奪い去られていた。
リオデジャネイロで112年ぶりに復活するゴルフのオリンピアンを巡る争いは、男子のトッププレーヤーに辞退者が続出するという、他競技から見れば意外なものでもあった。米ツアーとの過密日程やブラジルで蔓延するジカ熱を懸念した選手たちが、出場を次々と取りやめた。世界ランク上位10人のうち6人が不在という事態に陥った。
ランキング1位のジェイソン・デイらは将来の家族像について言及し、ジカウイルスの影響を欠場理由とした。そして日本のエースとして期待された松山英樹も、自ら身を引いた。ジカ熱、現地の治安、自身の虫へのアレルギー反応への不安が最後まで拭えなかった。オリンピックに関心がなかったわけではない。ただ、彼らにとってはメダル争いの魅力よりも、現地でのリスクへの不安の方が大きかった。
アメリカ人記者が言っていた。「リオでなく(開催地争いで敗れた)シカゴなら何の問題もなかったのに」。そんな皮肉も、衛生環境に不安がある屋外で実施される競技であれば的外れでもない。
では、なぜ女子選手は辞退者がほとんどいないのか。
とはいえ、ひとつ疑問がある。
ではなぜ、女子選手には辞退者がほとんどいないのか。現段階で欠場を表明したのは、ジカ熱を心配したリーアン・ペースという南アフリカの選手ひとりだけ。
蚊が媒介するジカウイルスの感染症は、妊婦がかかると産まれてくる子どもが小頭症を発症する恐れがあり、女性への影響のほうがより直接的でありそうなものにも関わらず、である。男女間におけるこの心情の違いを生むものは何なのか。
イ・ボミ「私は……今回が最後だと思います」
「オリンピックに出ない男子プロの気持ちも分かります。ジカウイルスも心配だし、テロもあるかもしれない」
リオへの道が絶たれる数日前、全米女子オープンの会場でそう話したのはイ・ボミだった。同じプロゴルファーとして、それぞれに優先すべきものがあることに理解を示し、彼らの判断を尊重した。
けれど彼女自身の思いは違う。リスクを背負ってでもリオに行きたかった。その心情は次のようなものだった。
「私は……今回が最後だと思います。オリンピックに出るチャンスは」
女子プロゴルファーのキャリアは、男子とは少々異なる。選手生命だけでなく、プレーヤーとしてトップフォームにあるピークが比較的若く、短い。
「(2020年の)東京まで頑張れたらもちろんいいと思うんですけど、いまが私の人生で一番調子がいいのかなと思うから。この年が“最後”かなって」
リオでの機会を逃せば、もう五輪には縁がないかもしれない。そう考えるのはなにも、首痛から復帰するため、この大一番を前に4軒もの治療院の門を叩いた39歳の大山だけではないのである。
既婚者や子持ちの女子選手はまだまだ少ない。
8月で28歳になるイ・ボミは「(ジカウイルス感染症は)妊娠したら問題が大きい。でも、結婚したり子どもがいたりしない選手が多いでしょう。心配が男子に比べて少ないと思うんです」とも分析した。
配偶者や子どもを持ちながら、レギュラーツアーで活躍する女子ゴルファーは確かにいるが、男子に比べれば少数派である。ママさんプロは増加傾向にあるとはいえ「結婚して、子どもが生まれるまで精一杯、現役生活を」とキャリアをイメージする若手の女子選手は多い。なにもそれはゴルフに限ったことでもないだろう。
選手生命、ピークの短さから言えば、女子選手の「いま」にかける情熱はより濃縮されているのかもしれない。
女子ゴルフはアメリカでは“マイナー”?
キャリアの期間の問題に加えて、宮里美香が指摘したことがある。それは米国における男女ツアーの境遇の違いを発端にするものだ。
2008年末にプロ転向してから一途に米国で戦ってきた彼女だからこそ、肌で感じ続けてきたものがある。
「アメリカのスポーツって、男子がすごいじゃないですか。やっぱり女子のスポーツって“メジャー”じゃないんですよ」
最盛期とまで表現される現在の日本の女子ツアーからすると想像すらし難いが、アメリカ国内で行われる米女子ツアーの現場は、男子に比べ格段に閑散としている。
賞金でいえば、今年の全米オープンにおいて、優勝者が手にした額は男子が180万ドルに対し女子は81万ドルと大きな開きがある。さらに、会場全体を包む観衆、規模の差はその何倍もあるのが現状だ。
同一会場開催で感じた、圧倒的な男女の格差。
宮里は毎年のマスターズをはじめ、男子のツアートーナメントに足を運ぶ機会も多い。そのたびに圧倒され、「やっぱり女子とは違うよ……マスターズも『こんなに人が入るんだなぁ』って。最近は女子の人気も上がってきているとは言うけれど……」と痛感する。
2年前、全米オープンはノースカロライナ州のパインハーストNO.2コースを舞台に、史上初めて男女が同一会場で開催された。男子が先に試合を行い、その翌週に女子大会を実施。今回のオリンピックのシミュレーションという面でも注目されていた。
男子大会を終えた翌日の月曜日、会場の作業員たちの仕事は、場内設備の「縮小」だった。女子選手たちが練習に勤しむ間、18番グリーン脇の大観客席の一部を撤収する作業が進められていた。
「スタンドが半分以下になったもんね……あれを見ると、残念な気持ちになったけれど、これが現実なんだなって」と宮里。そんな“格差”を知るからこそ、米ツアーで戦う女子プロの鼻息は荒いという。
「アメリカの女子ゴルフ全体がどうやったら人気が出るか、みんなが考えている。自分の中では全米女子オープンが最高の試合。これよりも上のものを作るって、すごい時間がかかると思う。でも、オリンピックがその転機になるかもしれないと聞いて『確かにそうだなぁ』って思ったんです」
五輪がメジャー大会よりも大きくなりそうな気配。
男子選手に辞退者が相次いだのは、やはり連鎖反応によるところも大きかった。1日4万人前後のギャラリーを集める、年に4度のメジャーに勝る興奮が五輪に、リオにあるかは分からない。「欠場も致し方ない」という空気が選手間で充満していた。
その点で女子選手の価値観は違う。五輪という舞台を借り、女子ゴルフ発展の足掛かりにしたい。
「男子だと4大メジャーにみんなが照準を合わせる。オリンピックがその上に行くことはない。でも女子は……“そう、なりそう”なんですね。だから辞退する選手も少ないんじゃないかと思う」
宮里は五輪に対する個人的興味の域を超えた、米女子ツアーの一員が持つべき使命感があることを強調した。
国民からの期待にそえず、針のむしろに座る思いで苦渋の決断をした男子選手がいる一方で、リオに恋焦がれて涙を流すほどの情熱を持つ女子選手もいた。
オリンピック・メダルを夢見て、レベルアップを図ってきたプレーヤーは必ずしも少数派ではない。
彼らの出ない理由と、彼女たちの出たい理由。どちらも尊重されるべきものである。
2016年の全米女子オープンは、間近に迫った8月のオリンピック各国代表の座を争う最後の一戦になった。大会終了後の世界ランキングをもとにした五輪ランキングで決まる、リオデジャネイロ行き切符の獲得選手。野村敏京に次ぐ日本女子代表の2番手争いは熾烈さを極めるものだった。
僅差で3番手からの逆転を狙った宮里美香、4番手にいた渡邉彩香の願いは叶わず、夢破れて啜り泣いた。最終的には逃げ切りで出場権を手にした大山志保も、2日目に予選落ちを喫した時点で目を潤ませてコースを去った。
韓国代表入りを逃したイ・ボミもまた、自失した表情。甘い笑顔は厳しい現実に奪い去られていた。
リオデジャネイロで112年ぶりに復活するゴルフのオリンピアンを巡る争いは、男子のトッププレーヤーに辞退者が続出するという、他競技から見れば意外なものでもあった。米ツアーとの過密日程やブラジルで蔓延するジカ熱を懸念した選手たちが、出場を次々と取りやめた。世界ランク上位10人のうち6人が不在という事態に陥った。
ランキング1位のジェイソン・デイらは将来の家族像について言及し、ジカウイルスの影響を欠場理由とした。そして日本のエースとして期待された松山英樹も、自ら身を引いた。ジカ熱、現地の治安、自身の虫へのアレルギー反応への不安が最後まで拭えなかった。オリンピックに関心がなかったわけではない。ただ、彼らにとってはメダル争いの魅力よりも、現地でのリスクへの不安の方が大きかった。
アメリカ人記者が言っていた。「リオでなく(開催地争いで敗れた)シカゴなら何の問題もなかったのに」。そんな皮肉も、衛生環境に不安がある屋外で実施される競技であれば的外れでもない。
では、なぜ女子選手は辞退者がほとんどいないのか。
とはいえ、ひとつ疑問がある。
ではなぜ、女子選手には辞退者がほとんどいないのか。現段階で欠場を表明したのは、ジカ熱を心配したリーアン・ペースという南アフリカの選手ひとりだけ。
蚊が媒介するジカウイルスの感染症は、妊婦がかかると産まれてくる子どもが小頭症を発症する恐れがあり、女性への影響のほうがより直接的でありそうなものにも関わらず、である。男女間におけるこの心情の違いを生むものは何なのか。
イ・ボミ「私は……今回が最後だと思います」
「オリンピックに出ない男子プロの気持ちも分かります。ジカウイルスも心配だし、テロもあるかもしれない」
リオへの道が絶たれる数日前、全米女子オープンの会場でそう話したのはイ・ボミだった。同じプロゴルファーとして、それぞれに優先すべきものがあることに理解を示し、彼らの判断を尊重した。
けれど彼女自身の思いは違う。リスクを背負ってでもリオに行きたかった。その心情は次のようなものだった。
「私は……今回が最後だと思います。オリンピックに出るチャンスは」
女子プロゴルファーのキャリアは、男子とは少々異なる。選手生命だけでなく、プレーヤーとしてトップフォームにあるピークが比較的若く、短い。
「(2020年の)東京まで頑張れたらもちろんいいと思うんですけど、いまが私の人生で一番調子がいいのかなと思うから。この年が“最後”かなって」
リオでの機会を逃せば、もう五輪には縁がないかもしれない。そう考えるのはなにも、首痛から復帰するため、この大一番を前に4軒もの治療院の門を叩いた39歳の大山だけではないのである。
既婚者や子持ちの女子選手はまだまだ少ない。
8月で28歳になるイ・ボミは「(ジカウイルス感染症は)妊娠したら問題が大きい。でも、結婚したり子どもがいたりしない選手が多いでしょう。心配が男子に比べて少ないと思うんです」とも分析した。
配偶者や子どもを持ちながら、レギュラーツアーで活躍する女子ゴルファーは確かにいるが、男子に比べれば少数派である。ママさんプロは増加傾向にあるとはいえ「結婚して、子どもが生まれるまで精一杯、現役生活を」とキャリアをイメージする若手の女子選手は多い。なにもそれはゴルフに限ったことでもないだろう。
選手生命、ピークの短さから言えば、女子選手の「いま」にかける情熱はより濃縮されているのかもしれない。
女子ゴルフはアメリカでは“マイナー”?
キャリアの期間の問題に加えて、宮里美香が指摘したことがある。それは米国における男女ツアーの境遇の違いを発端にするものだ。
2008年末にプロ転向してから一途に米国で戦ってきた彼女だからこそ、肌で感じ続けてきたものがある。
「アメリカのスポーツって、男子がすごいじゃないですか。やっぱり女子のスポーツって“メジャー”じゃないんですよ」
最盛期とまで表現される現在の日本の女子ツアーからすると想像すらし難いが、アメリカ国内で行われる米女子ツアーの現場は、男子に比べ格段に閑散としている。
賞金でいえば、今年の全米オープンにおいて、優勝者が手にした額は男子が180万ドルに対し女子は81万ドルと大きな開きがある。さらに、会場全体を包む観衆、規模の差はその何倍もあるのが現状だ。
同一会場開催で感じた、圧倒的な男女の格差。
宮里は毎年のマスターズをはじめ、男子のツアートーナメントに足を運ぶ機会も多い。そのたびに圧倒され、「やっぱり女子とは違うよ……マスターズも『こんなに人が入るんだなぁ』って。最近は女子の人気も上がってきているとは言うけれど……」と痛感する。
2年前、全米オープンはノースカロライナ州のパインハーストNO.2コースを舞台に、史上初めて男女が同一会場で開催された。男子が先に試合を行い、その翌週に女子大会を実施。今回のオリンピックのシミュレーションという面でも注目されていた。
男子大会を終えた翌日の月曜日、会場の作業員たちの仕事は、場内設備の「縮小」だった。女子選手たちが練習に勤しむ間、18番グリーン脇の大観客席の一部を撤収する作業が進められていた。
「スタンドが半分以下になったもんね……あれを見ると、残念な気持ちになったけれど、これが現実なんだなって」と宮里。そんな“格差”を知るからこそ、米ツアーで戦う女子プロの鼻息は荒いという。
「アメリカの女子ゴルフ全体がどうやったら人気が出るか、みんなが考えている。自分の中では全米女子オープンが最高の試合。これよりも上のものを作るって、すごい時間がかかると思う。でも、オリンピックがその転機になるかもしれないと聞いて『確かにそうだなぁ』って思ったんです」
五輪がメジャー大会よりも大きくなりそうな気配。
男子選手に辞退者が相次いだのは、やはり連鎖反応によるところも大きかった。1日4万人前後のギャラリーを集める、年に4度のメジャーに勝る興奮が五輪に、リオにあるかは分からない。「欠場も致し方ない」という空気が選手間で充満していた。
その点で女子選手の価値観は違う。五輪という舞台を借り、女子ゴルフ発展の足掛かりにしたい。
「男子だと4大メジャーにみんなが照準を合わせる。オリンピックがその上に行くことはない。でも女子は……“そう、なりそう”なんですね。だから辞退する選手も少ないんじゃないかと思う」
宮里は五輪に対する個人的興味の域を超えた、米女子ツアーの一員が持つべき使命感があることを強調した。
国民からの期待にそえず、針のむしろに座る思いで苦渋の決断をした男子選手がいる一方で、リオに恋焦がれて涙を流すほどの情熱を持つ女子選手もいた。
オリンピック・メダルを夢見て、レベルアップを図ってきたプレーヤーは必ずしも少数派ではない。
彼らの出ない理由と、彼女たちの出たい理由。どちらも尊重されるべきものである。