先週、プロボクシングファンにとって心躍るニュースが飛び込んできた。アメリカのボクシング専門誌『The Ring』(通称リングマガジン)が選定する「パウンド・フォー・パウンド」(PFP=全階級を通じて最強の選手)のベスト10に、昨年5月からランクインしている山中慎介(33歳・WBC世界バンタム級王者=8位)とともに23歳の井上尚弥(WBO世界スーパーフライ級王者)が9位に初選出されたのだ。

 日本人選手としては山中、昨年6月に10位にランクされた内山高志(36歳・WBA世界スーパーフェザー級王者=現在はランク外)に次いで3人目の選出となる。

世界で最も権威あるボクシング誌が階級を超えて選ぶ最強ボクサーランキング

 『The Ring』は1922年に創刊された世界で最も権威あるボクシング専門誌だ。ご存じの通りボクシングは選手の条件をイーブンにするため、プロもアマも試合は体重別に階級分けして行われる。パンチの威力は体重が重いほど強く、実質、最重量のヘビー級(200ポンド=90.719kg以上)の王者が最強といわれる。だが、体重が重くなればなるほど動きは鈍重になる。パンチ一発一発の迫力は凄いものの、生来のパワーや少々打たれてもダメージを受けない体の頑健さがテクニックを補える部分があるわけだ。

 ボクシング通としては、そうした選手を“最強”と見なすのは抵抗がある。本当に優れたボクサーとは、パワーとスピードが両立し、攻撃においても防御においても、すばらしいテクニックを見せてくれる、すべてを兼ね備えた選手であってほしいのだ。

 そんな思いを代弁するように『The Ring』の初代編集長ナット・フライシャーは全階級のボクサーが体重差のない状態で戦ったら誰が一番強いのかという、「PFP」という言葉と概念を作り出した。

 そのきっかけになったのが、ひとりの偉大なボクサーの存在。1940年代から50年代にかけてアメリカで活躍したシュガー・レイ・ロビンソンである。戦績は200戦して175勝(うち109KO)19敗6分。この19敗も散財がたたって40歳以降もリングに上がり続けたためで、全盛期はほとんど負け知らずだった。

 Youtubeで「シュガー・レイ・ロビンソン」を検索すれば、全盛期の動画を見ることができるが、確かにスピード、パワー、テクニックのすべてを兼ね備えている非の打ちどころのないボクサーだ。ボクシングファンからは「拳聖」と呼ばれているが、それに相応しいパフォーマンスを見せている。しかし、階級はミドル級。『The Ring』の編集長は、彼よりもスピードやテクニックで見劣りがするヘビー級の王者が最強と呼ばれることが許せなかったのだろう。それでPFPという考え方を提示したのだ。

団体分裂、階級細分化で王者乱立本当に強いのは誰なのか?

 以後、ボクシングファンは、その時代時代でPFPは誰かを議論するようになった。そこにはヘビー級のモハメド・アリなども含まれるが、多くは中量級。ロベルト・デュラン、シュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンズなどの名が上がった。

 男は「誰が一番強いか」を論じるのが好きだ。昔は怪獣やプロレスラー、時代を超えた大相撲力士など、今もネットで「強さ議論」と検索すればたくさんの掲示板が現れ、ガンダムやワンピースのキャラクターの中の最強が熱く論じられている。PFPは、それと同様、ボクシングファンの楽しみだったのだ。

 その一方でプロボクシング界も時代が進むにつれ構造が複雑化していく。世界王者を認定する統轄団体はもともとWBAひとつだったが、内紛などから1963年にはWBC、83年にはIBF、88年にはWBOが設立された。現在はこの4団体がプロボクシングの主要統轄組織として、それぞれ王者を認定している。

 また、階級もさらに細分化。最軽量のミニマム級(ストロー級、ミニフライ級など団体によって呼び方が異なる)からヘビー級まで17階級もある。これが4団体あるのだから、最大で68人の世界王者が存在し得る状況にあるわけだ(実際は複数の団体に王座が認められている統一王者もいるし、空位になっている王座もある。またWBAではスーパー王座、暫定王座、休養王座など複数の王座を認定するようになったので、この数になるとは限らない)。また、その中には、勝てそうな王者を選んで挑戦して勝った、本当に強いかどうか分からない王者もいる。

 こうしたプロボクシング界の複雑化に対応するように『The Ring』では編集委員や各国のボクシング記者が議論をし、団体を超えた各階級の最強王者を選定するようになった。さらに1989年からはPFPのベスト10も毎月発表し始めたのだ。

 つまり、アメリカのボクシング専門誌という私企業が勝手に選定したランキングに過ぎない。とはいえ世界で最も歴史と権威を誇る専門誌に認められた「目の肥えた」人たちが議論を重ねて選んだ結果なのだ。このランキングに入ることは、各団体の都合で大量生産された王者よりも価値があるともいえる。

上位は凄まじい記録を持つ猛者たちそこへ日本選手2人がランクインの快挙

 実際、このPFPランキングにはファンも納得のそうそうたる名前が並んでいる。PFPが発表されるようになった1989年の1位はヘビー級王座に君臨したマイク・タイソン(アメリカ)。90年代初頭の1位を続けたのはスーパーフェザー級からスーパーライト級までの3階級制覇や歴代3位となる88連勝という記録を打ち立てたフリオ・セサール・チャベス(メキシコ)。90年代後半はミドル級からヘビー級まで4階級を制覇したロイ・ジョーンズ・ジュニア(アメリカ)と史上初の6階級制覇を成し遂げ、端正なルックスでも人気を集めたオスカー・デ・ラ・ホーヤ(アメリカ)。2000年代に入ると無敗のまま5階級を制覇したフロイド・メイウェザー(アメリカ)とフライ級からスーパーウェルター級まで19キロもの差のある階級(実質8階級)で王座についたマニー・パッキャオ(フィリピン)が1位を争っている。

 現在のPFPランキングを見ても、1位は44戦無敗38KOというすさまじい記録を持つローマン・ゴンサレス(フライ級・ニカラグア)、2位は28勝1分25KOのセルゲイ・コバレフ(ライトヘビー級・ロシア)、3位は34戦無敗31KOのゲンナジ・ゴロフキン(ミドル級・カザフスタン)と驚異的な記録を持つ選手が並んでいる。

 そんな凄いベスト10に日本人ふたりが入るのは、誇らしいことだといえる。まあ、8位に入った山中は25勝2分17KO、9位の井上は9戦無敗8KO、昨年10位にランクされた内山は24勝1分20KOという劣らぬ成績を残しているから、ランクインは当然ともいえるが。

 この日本の3選手はPFPの条件であるスピード、パワー、テクニックを備えているうえ文句なしの成績を残しているが、なかでも23歳の井上がランクインしたのは快挙といえるだろう。無敗とはいえ、わずか9戦でPFPに選ばれたのだ。類まれな素質だけでなく、すでにボクサーとして完成し、今後も勝利を重ねる可能性が高いことを権威ある専門誌が認めたのである。

 山中は3月にV10を達成したばかりで次戦は未定だが、内山と井上は試合が迫っている。内山は4月27日にコラレス(パナマ・暫定王座21戦19勝7KO)と12度目の防衛戦を、井上は5月8日にカルモナ(メキシコ・同級1位・27戦20勝8KO)と初防衛戦を行う。

 世界が認めた実力を、改めて見せつけてもらいたいものである。