「ご飯を食べると花粉症にならない」。そんなことを聞いても誰も信じないだろう。当然だ。そんなご飯はまだないのだから。しかし、まるっきりの嘘ではない。近い将来…それも10年もしないうちに「スギ花粉症治療米」として、お宅の食卓でも食べられる可能性が高いのだ。

食べる花粉症の薬 手品の“タネ”は米にあり
 
 ご飯が花粉症を追い払う手品の“タネ”は米にある。コシヒカリの遺伝子に花粉症の原因物質を組み込んで「花粉アレルギーを起こさない米」を作るのだ。

 研究を進めているのが、つくば市にある農業生物資源研究所遺伝子組換え研究センターの高野誠センター長のグループ。この米で炊いたご飯を「一日一膳」、半年ほど食べ続ければ花粉症の免疫がつき、アレルギー反応が起きなくなる、という(※1)。

アレルゲン作る遺伝子をコシヒカリに
 花粉症が起きるメカニズムをおさらいする。体内にスギなどの花粉(アレルゲン)が入り込むと、これをやっつけようと「IgE抗体」と呼ばれるタンパク質が作られる。IgE抗体はアレルゲンを認識すると、アレルゲンを目印に、細胞からヒスタミンなどの化学物質が放出され、くしゃみや鼻水、鼻づまりといったアレルギー反応を引き起こす。

 花粉症を治す米は、花粉症のアレルゲンを作る遺伝子をコシヒカリに組み込む。そのご飯を食べ続けることで、体をアレルゲンに慣れさせ、症状が起きないようにする(※1)。

花粉症のアレルギーをなくす「原因治療」
 この研究がすごいのは、花粉症を一度治せば、その後は花粉を浴びてもアレルギーを発症しなくする原因治療(根治治療)であること。

 他に今ある根治治療としては、花粉エキスを舌の下に垂らして徐々に体を慣れさせる「舌下免疫療法」が知られるが、効果が出るまでに数年かかる。それをご飯を食べるだけで半年ほどで効果が期待できるというのだ(※1)。

マウス、猿、そして人間でも効果を確認
 東京慈恵医大の総合医科学研究センターでのマウスを使った実験では、この米と通常の米を3週間食べさせた後、スギ花粉を与えた。この米を食べたマウスはアレルギー反応を引き起こすヒスタミンの量が半分以下に減り、くしゃみの回数も4分の1に減った。また、花粉症を発症した猿の実験では、アレルギーの免疫反応が大幅に抑えられることを確認した(※2)。

 人間での実験も始まっている。30人のスギ花粉症患者を2つのグループに分けて食べてもらった。実験開始から終了までに6回、被験者の血液を採取して免疫細胞の活性化の程度を調査した。

 通常の米を食べたグループは、花粉が飛散し始めると実験開始のころの3~4倍も免疫細胞の活性が高まったが、この米を食べたグループは変わらなかった。症状の改善では明確な差は出なかったが、耳鼻咽喉科医が鼻づまり改善の傾向を認めたという(※3)。2015年には人間に対して本格的な臨床研究が始まった。

花粉症「緩和米」から「治療米」へ
 この研究は当初、症状を和らげる「緩和米」の開発を目指していた。電子レンジで温めるだけのパックご飯で健康食品として実用化する計画だった。ところが、厚生労働省から「治療を目的としているので薬事法上の薬に当たる」との指摘があり、効果をさらに高めた「治療米」に方向転換したという経緯がある。

花粉症治療の米に立ちはだかる「遺伝子組み換え食品」という壁
 「その米の薬、早く実用化して」という声が聞こえてきそうだが、立ちはだかる壁がある。この米が遺伝子組み換えであることだ。自然界には存在しないものなので、拡散した場合に自然の植物との交配で新しい特性を持つ植物ができ、生態系に悪影響を及ぼす可能性がある。

 さらに、消費者にとっては、遺伝子組み換えそのものへの拒否反応もある。

 ご飯の薬で花粉症治療、とても手軽で効果もあるようだが、遺伝子組み換えというアレルギーも無視できない。花粉症に悩むあなたは食べてみる? それとも…。