テレビ朝日の顔を11年9カ月務めてきた古舘氏は、実は2年前に降板を申し出ていた。「10年を区切りとして別の挑戦をしたいとお願いをしたが 『契約はあと2年あるから頑張ってよ』と言われ、頑張ってきた」。2年が過ぎ、今年夏に再度、降板を申し出た。慰留されたが、決意は固かった。「辞めたい から辞めるんです。もっと向いている仕事をしたいと思って、娯楽の方にいきたい」と話した。
就任までの経緯から、これまでを振り返った。「娯楽もので生きていたいと思っていてずっと(キャスター就任を)固辞していた。でも(現テレビ朝日 会長の)早河(洋)さんがうまくて、コロッとだまされちゃった。『古舘さんの自由に、あなたの絵を描いてよ、報道番組に』みたいなことを言われて、やるっ て言っちゃったんです。そう言ったわりにはものすごく不自由な10年間だった」。
「報ステ」以前は、エンターテインメントでしゃべりを武器にしてきたが、報道番組では時間的、物量的に放送コードの制約で、思う存分しゃべること ができなかった。「テレビの世界でやらせていただく限り、不自由さが取れるわけじゃないけど、ちょっと緩くなる。唯一やりたいことは、しゃべり倒したい。 12年間の鬱憤(うっぷん)がたまっている」と話した。
同局では、後任について検討中としたが、番組名は変えず来年4月以降も継続するとしている。後任キャスターについて関係者は「古舘色がある番組の 名前を変えないということは、外部から招くことはしないのでは」と話す。古舘氏は「堅いジャーナリストの方にやっていただくという線もあるでしょうし、僕 と同じアナウンサー系もあるでしょう。名前が残る以上はきちっとやってくれる、あまり問題発言しない方がいい」と自虐を交えて語った。
報道番組に革命を起こしたと言われた久米宏氏(71)がキャスターを務めた「ニュースステーション」の後継番組としてスタートした「報ステ」。放 送開始直後に「いつか違った地平に屹立(きつりつ)したい」と語ったこともあった。この日は「何とか爪をひっかけたいという気概は持っていましたが、新た なニュース番組の地平に屹立したかというと、その半ばで辞めていくのかなという思いです」と語った。
終始さばさばと語ったが、報道番組への復帰について聞かれると「あり得ると思います。今はありませんけど、虫がうずくかもしれない」と答えた。