アダルトビデオへの出演を拒否してプロダクション会社が2460万円の違約金を求めた訴訟で、東京地裁はプロダクションの請求を棄却する判決を出しました。この事件について、事案の詳細や訴訟資料を知っているわけではないので、あくまで個人的な推測と一般論ですが、本日の記事にします。
この事案は、最初の契約書は「タレント契約書」だった模様。その中に違約金条項があり、この違約金やレッスン料などでプロダクションへの債務が増大したところで「AV出演契約書」に切り替えられ、出演を断ると多額の違約金が請求される仕組みのようです。
常識的に考えて、どこからどう見ても無茶苦茶な契約。しかし、契約書がある以上、債権者は「契約を履行しろ」というだけ。弁護士でもこのような案件の債務者側は大変苦労するので、一般人が巻き込まれるととても大変だろうと感じます。
このような無茶苦茶な契約の履行を求められた場合のスタンダードな対応は、弁護士に依頼し、「契約は無効なので支払わない」旨の内容証明郵便を送付すること。ここで相手が引き下がれば、費用は5万円ほどで事実上解決します(この段階で着手金・報酬金を要求する弁護士にはご注意ください)。
問題はこの事件のように、債権者が訴訟提起に至った場合。はっきり無茶苦茶な契約でも訴訟の場で無効の判断を得るのはなかなか骨が折れます。
多くの場合、詐欺や強迫までには至らないため、最もしっくりくる法律構成は公序良俗違反(民法90条)。私も実際の裁判で、依頼者が実際に判を押した契約書について公序良俗違反で無効を勝ち取ったことが何件もありますが、裁判所はこの条文適用に対して大変腰が重いです。
原告側は、特に何も主張立証することはなく、ひたすた被告側が、「契約内容が被告側に著しく不利益」であるとか、「契約の成立過程が、強要まではいかなくとも、事実上断ることができない状況であった」など、この契約が常識に反する要素を徹底的に拾い上げて主張・立証しなければなりません。
そのうえで、裁判所も大抵「強迫や詐欺ならわかりやすいのですが、最終的に公序良俗違反という判断になるかどうかは微妙な案件で……和解されたらどうでしょうか」と言ってきます。
このような案件は和解が成立しにくいため、判決になると、最終的には常識に則った結論を出してくれる裁判官が多いという印象です。無茶苦茶な契約の履行を求められた場合、判を押してしまったという負い目があっても、すぐに弁護士に相談し、とことん争うのが最善です。
ただし、結果とは別に、契約書に判を押すことの意味はしっかり認識すべきです。契約する際にきちんと内容を全部読んだか、自分に不利益な条項がないか、自分勝手な解釈をしていないか、後でなんとかなるとたかをくくっていないかなど判を押す際に振り返るべきことはたくさんあります。
冒頭の事案、近時「タレントになりたい」という人は多いと思われます。しかし、無名の素人にそう簡単に華やかな仕事が来るはずがありません。「多少は」嫌な仕事も頑張らねばならない時もあるでしょう。その覚悟がなければタレントなど目指す資格はありません。
しかし、それが度を超えた場合、弁護士が速やかに介入し、救済する。この裁判例がその道標となることを期待してやみません。