韓国財閥の骨肉の争いは韓国文化である。経営権や財産の相続などが原因で一族間の争いが
絶えない。
財閥1位のサムスングループでは、相続財産をめぐり訴訟が起きた。財閥2位の現代グループでは
後継者争いを機に分裂した。そして今度はロッテ財閥だ。創業家内部の家族対立が原因となって、
お家騒動が勃発した。韓国財閥は、かくも骨肉の争いが多いのか?

<創業者の重光武雄氏が長男の宏之氏を解任>
日本ロッテグループの持ち株会社であるロッテホールディングス(HD)は1月8日、臨時株主総会を開き、
副会長の重光宏之氏(韓国名・辛東主〈シン・ドンジュ〉、60)を解任した。

わずか数日前には、ロッテ副会長、ロッテ商事副会長兼社長、ロッテアイス理事からも解任されたばかり。
宏之氏はロッテグループ内のすべての役職から放逐された。
 
「何が起きたのか」――。メディアは一斉に取材に走ったが、同社の広報担当者は「機密事項にかかわる」
として、背景を一切説明しなかった。
 
“機密事項”を明らかにしたのは、宏之氏の弟で、韓国ロッテグループの会長、重光昭夫氏
(韓国名・辛東彬〈シン・ドンビン〉、59)だ。韓国の中央日報日本語版(1月14日付)は、
〈辛東彬会長が13日、「兄の解任は父(辛格浩総括会長)がしたこと」と明らかにした〉と報じた。

2人の兄弟の父は、ロッテグループ創業者の重光武雄氏(韓国名・辛格浩〈シン・ギョクホ〉、92)。
今回の宏之氏の解任に、グループの総帥である重雄氏の意向が働いたと言われてきたが、
解任された背景が一族の口から明かされたのは初めてだ。

<韓国ロッテ製菓の株式を無断で買い増したことで逆鱗に触れる>
それでは重雄氏は、なぜ、宏之氏を解任したのか。複数の韓国メディアが報じているのが、
宏之氏による韓国ロッテの中核企業のロッテ製菓の株式の買い増しである。
 
韓国ロッテグループの持ち株構造は複雑だ。韓国での中核企業の筆頭はロッテホテルで、
ロッテショッピングやロッテ七星飲料などのグループ企業の株を保有している。それに続くのが
ロッテ製菓で、同社もグループ会社の株式を保有する。宏之氏は13年8月以降、このロッテ製菓の
株式を徐々に買い増していった。直近では、宏之氏は3.92%の株を保有し、昭夫氏の5.34%に
近づいていたと報じられた。宏之氏のロッテ製菓株の買い増しが、
無断で行われたことに重雄氏が激怒し、宏之氏を解任したというわけである。

<弟たちと喧嘩別れした創業者の武雄氏>
一代でロッテ財閥を築いた重光武雄氏の人生は、骨肉の争いの歴史でもあった。
重光武雄氏は、1922年10月、日本統治時代の朝鮮の慶尚南道で生まれた在日韓国人一世。
18歳のときに日本に渡り、新聞・牛乳配達をしながら早稲田実業学校で学んだ。終戦後は石鹸製造など
さまざまな商売に手を出したが、あるとき進駐軍が日本に持ち込んだチューインガムに目をつけた。
すぐさま風船ガムを売り出してヒットを放つ。48年にロッテを設立して、ガム製造に乗り出した。
「お口の恋人」のキャッチフレーズで爆発的にヒットした。
 
58年に、武雄氏は故郷に錦を飾るかたちで、韓国で製菓業を始めた。10人兄弟の長男である武雄氏は、
会長に父親を据え、次男を社長に、役員に弟たちを並べた。しかし、すぐに兄弟間の主導権争いが起きた。
それに嫌気がして製菓業を畳んだ。日韓正常化後の67年に韓国に再進出。ロッテホテルを核に
小売業、外食産業、レジャー産業など事業を広げ、巨大なロッテグループを築き上げた。
 
韓国での事業は大成功したが、骨肉の争いは絶え間なかった。兄弟喧嘩で弟たちは次々と去り、
96年には最後まで残っていた末弟までロッテを追われた。身内は誰もいなくなった。