フィリピン、マニラでは、孤児となったストリートチルドレンたちが、ローマ教皇フランシスコの来訪に先立って一網打尽にされ、牢に入れられたという。

 これはローマ教皇の手前、物乞いなど貧しい子供たちがたむろする町を浄化し、フィリピンの首都を見苦しくないように見せるためということだ

 しかも、捕えられた子供たちが収容されているセンターは不潔極まりない劣悪な環境そのもので、子供たちはコンクリートの床に直接寝かされ、一緒に収容されている大人の犯罪者たちから虐待を受けているという。ろくな食事も与えられず、柱に鎖で縛りつけられている子供もいる。

 マニラのリサール公園で教皇がとり行うミサには600万人もの人々が参加し、世界中にテレビ中継もされる。みすぼらしい子供たちは世界の視界から遠ざけようという役人の魂胆なのだ。


 ノーベル賞候補にもなったアイルランド人のカレン神父(71)と慈善団体は、こうした劣悪な拘置所のひとつに潜入した。神父は7歳くらいのひとりの少年を自由にし、100マイル離れたスービック湾にあるシェルターで保護した。

 何ヶ月もセンターに押し込められている子供たち。年長の子や大人による虐待や搾取が明らかにされた。


 子供たちを救うために尽力しているシャイ・カレン神父は、こうした拘置所はフィリピン国家の恥だと言う。


 全身疥癬だらけのこの少年マクマクは、3週間前に捕まってクリスマスから年始にかけて、マニラのスラム街にひっそりと建つ檻の中に入れられていた。





 罪もない子供たちが鉄格子の向こうに押し込められ、トイレはバケツ、食事は床から直接残飯を口に入れるという最悪の状況だ。もちろん、教育も楽しみもなく、釈放されるまで何ヶ月もかかることもある。子供たちが入れられている建物の隣に大人の犯罪者たちが収容されていて、一日の一定の時間帯に檻を自由に行き来できるようになっている。収容者や面会人によると、職員は虐待や暴力を見ても目をつぶっているという。

 鼻が曲がりそうなほどの悪臭の中にいたマクマクは、捨て子で身元もわからず、最初は怯えているように見えたが、慈善団体の職員がここから出て田舎にある子供たちの家に行くのだと告げると、輝くばかりの笑みを見せた。最初の言葉は、「そこにおもちゃはあるの?」 だった。

カレン神父(写真)に救出されたマクマク



 そんな劣悪な環境に閉じ込められている子供たちはマクマクのほかにもたくさんいるが、彼は慈善団体に助けられて幸運だった。マクマクは今はマニラから80マイル離れた沿岸にある子供たちの家で暮らしている。

 わずか7歳の子どもが檻の中に入れられ、人間の尊厳、子供たちの権利がが完全に踏みにじられているとカレン神父は声を荒げる。教育を受ける権利も、楽しみもなく、これでは人間として適切に成長することもできない。まともに食べることもできず、寝る場所も冷たく汚い床の上で、訴える手段もない。彼らは基本的な権利を剥奪されている。守ってくれる人も、法的な代理人もなく、ただ牢屋にぶちこまれ、自分の身は自分で守るしかない。

 フランシスコ教皇が2013年にローマの少年院の受刑者の足を洗ったのは有名な話だが、40年間フィリピンで子供たちを助けているカレン神父は、法王がマニラの拘置所を訪れることがないのはとても残念だと言っている。役人たちは子供たちがひどい扱いを受けているのを法王に見られるのを恐れているのだろう。

 去年、別の劣悪な拘置所で、骸骨のように痩せて今にも死にそうな状態で床に横たわる11歳の少年の写真が世間の怒りをあおったにもかかわらず、法王の訪問に合わせて子供たちの一斉検挙は行われた。フランシスコ法王の名前をもらったこの少年は、慈善団体が運営する子供たちの家で今は回復しているが、子供たちの一斉検挙をやめさせたり、マニラ市内の17の拘置所の環境を改善するには至っていない。年間およそ2万人の子供たちが拘留されているいう。


 マニラの中央パサイ地区の社会福祉局長ロザリンダ・オロビアは、一斉検挙は法王がストリートチルドレンの物乞いの対象になるのを防ぐためと言っている。
 
 オロビアは、法王の訪問予定エリアにいる5歳くらいのストリートチルドレンたちを数週間抑留することを正式に認めている。町の浄化というより、物乞いが法王に群がるのを阻止するのが目的だと主張するが、地元のスタンダード紙は社説で、法王の訪問時だけ、貧しい子供たちゼロの町を目指す政府のうわべだけのキャンペーンに、国民は愛想をつかすに違いないとたたいている。

 マニラへの法王の訪問は、前法王ヨハネ・パウロ二世の訪問から20年ぶりだ。初めての非ヨーロッパ出身の法王に会えることに国内は大変盛り上がっている。

 子供たちを通りから追い払うことに疑問の余地はないが、要人が来るときだけことならば、この町を良く見せかけるための役人の猿芝居を手助けするだけだ。

 ストリートチルドレンのための慈善団体の副理事キャサリン・セリによると、法王の訪問のせいで、最近になって役人によるストリートチルドレンの“救済”数が著しく増えたという。

 オーストラリア人でマニラのストリートチルドレンの生活改善に11年取り組んできたセリは、これまでも世界の要人がやってくるたびに、その前に同じことが繰り返されてきたと言う。去年の4月にオバマ大統領が来たときもそうだった。子供たちを解放しようとすると、大統領が帰るまでは彼らを外に出すことはできないと言われたそうだ。要人訪問のおかげで、子供たちは救済されるのだという印象を与えられているのだ。


 子供たちは通りで寝ていただけで、物乞いや盗みという理由をつけられて、きちんとした裁判所手続きもなく連行される。また、大人の犯罪者たちと一緒に収監されていて、やりたい放題されてしまう。

 “救済”と称するこうした一斉検挙では、なんの犯罪も犯していない子供たちを手当たり次第に捕まえて拘置所にぶちこんでいる。拘置所の中ではまわりの大人や年長の子供たちから虐待されたり、搾取されたりしている。

 “救済”のためのシェルターがこんな状態でいいはずがないが、職員やまわりの人間は見て見ぬふりで、こうした暴挙を許しているのが現状だ。収監された子供たちは、暴力を受け、食べ物もろくにない。衛生状態も最悪で、トイレはバケツひとつ、教育も受けられず、親類に連絡をとることもできない。

 国際的な要人の訪問があるたびに子供たちをひと目につかない場所に閉じ込めるマニラのこうした習慣は、1996年のAPECにさかのぼるという。子供たちは数日から数ヶ月に渡って囚われの身となり、解放されても繰り返し捕まる。


拘置所側は子供たちは常習犯だと言うが、彼らはなにも罪を犯していない。マニラの人々のほとんどは、拘置所で子供たちがどのような扱いを受けているかなにも知らない。真実を知ったら激怒するだろう。政府がその名のもとにやっていることを知るのを恐れているのだ。

 ソーシャルワーカーや心理学者たちは、拘置所から助け出され、カレン神父のホームで保護されている子供たちの心のケアに努めている。ベンと呼ばれていた6歳くらいの少年は、母親に捨てられて路上で寝ていたところを警察につかまった。目覚めたら警察署にいて、拘置所で3ヶ月過ごし、そこで何度も性的虐待を受けたという。

 マニラ以外に出たことのないマクマクは、子供たちのためのホームに着くなり、野にいる牛を見て目を丸くした。慈善団体のバンから飛び降りるなり、すぐさま芝生を横切って、錆びついたブランコや遊具のほうへ走っていった。ほかの子供たちと2時間ほど楽しそうに遊んでから、心理学者に路上や拘置所での辛い出来事を訊ねられると、マクマクはうつむいて涙ぐんだ。

 マクマクのように拘置所から助け出される幸運な子供もいるが、捕まってぶちこまれる子供はまだまだたくさんいる。マクマクの精神的な回復も長い道のりになりそうだ。もともと信心深い国なのだから少しでも心ある役人の良心が痛めば、不幸な子供たちについてもっと考えるようになるのではないかと期待している。