テレビ朝日『中居正広のミになる図書館』に、「ドラゴンクエスト」の生みの親・堀井雄二氏が登場。ドラクエシリーズの中でも名作と称される「ドラクエ3」のエンディングにまつわる衝撃の事実をぶっちゃけた。
「神」ゲームの生みの親・堀井雄二氏が登場!
「ドラクエ」シリーズは、堀井氏によると、シリーズ累計6400万本を売り上げているそう。中でも、1988年に発売された「ドラクエ3」は、、発売当日に量販店の前に1万人が列を作るなど社会現象にもなったメガヒット作。
ゲスト・中川翔子は、ドラクエには「人生のすべてが詰まっている」とドラクエ愛を力説。「ドラクエ3」は、「そのエンディングが素晴らしい」と大絶賛した。
異世界の大魔王ゾーマを倒しに行く勇者!
気になるそのエンディングは、冒険の果て、異世界の大魔王・ゾーマを倒した勇者。いつもなら、大ボスを倒した後、自分の故郷に帰ってハッピーエンドとなるはずだが、ダンジョンをぬけ、外に出ると画面が不吉に揺れ…「そらの うえのほうで なにかが とじたような おとが した!」という衝撃のメッセージが現れる。
中川は、「勇者さまは異世界に魔王を倒しに来たと言いましたが、その出口がふさがれてしまったのです」
「世界を救った勇者さまが、あの懐かしい故郷に帰れないなんて、なんとも悲しいエンディング」と興奮気味に解説した。
さらに、異世界の英雄となった勇者だったが、その後、姿を見たものは誰もいない…というエピローグで「ドラクエ3」は幕を閉じる。
ドラクエ3の物語は、ドラクエ1へ引き継がれる!
中川「一体、勇者はどこへ行ったのか?こういう含みを持たせたエンディング」
中居「え、これで終わりなの?」
中川「終わりなんです。文章だけで、私たちにイマジネーションを持たせてくれている」
中居「いろんな解釈をさせようと」
そして、スタッフロールが流れたあと『TO BE CONTINUEDドラクエ1』というメッセージが現れ、ドラクエ1の勇者が、ドラクエ3の主人公の子孫であることが判明するというドラマチックなエンディングを中川は堀井氏そっちのけで熱くプレゼンした。
しょこたんを衝撃のどん底へ突き落とす事実が判明!
しかし、堀井氏は「ドラクエ3で、印象的なエンディングが出来たのは、膨大な作業に追われて早く楽になりたかったからです!エヘヘ」とお茶目に発表。
中川は「私の人生の感動はどうなるんでしょうか?」とショックを隠せない。
堀井氏は「当時は、ほとんど1人でセリフを書いていた」とドラクエ制作の裏側を告白。
当時、街の人など、ドラクエの世界中に散らばる全ての登場人物のセリフを考え、データも作っていたという堀井氏。
ドラクエ2では、大ボスを倒した後、勇者は世界を周れ、人々から「ありがとう」などの言葉をかけてもらえる設定だったが…。
「でも3は世界が広すぎて、これはまた書くと大変だなと思った。どうしよう?と思って、わかった!上の世界閉じちゃえ」
「閉じちゃって、下の世界(異世界)だけのセリフを考えて、ちょっと楽になった。いや、ほんとに大変だった」と、堀井氏はドラクエ制作の苦労を語った。
あの感動のエンディングは、堀井氏が「セリフを書くのに疲れた」ことから生まれたものだと分かり、中川は呆然。
ドラクエは膨大かつアナログな手作業から生まれた!
劇団ひとり「ドラクエ1につなげる構想はいつからあったんですか?」
堀井「ドラクエ3作る時ですね。1の時は何も考えてないですね」
中居「当時は、まだ優秀なパソコンも無かったわけだし、どうやって作っていたんですか?」
堀井「僕は当時、紙に書いてましたね。紙にマップを描いて、登場人物にナンバーをつけて。例えば、1番の王様はこのセリフ、この時はこのセリフとか」
アンタッチャブル山崎「爆発的に売れて、経験値も上がったけど預金残高も上がったのでは?」
堀井「生活はあまり変わらない。元々、ひきこもりだったので。それが高じてゲーム作り始めたんで。今でもゲームして遊んでいます」
山崎「そういう人がヒット生むんだね」
中川「それで、次のゲームを開発してくれてるんですよ!」
個人的には、ドラクエは5くらいまでしかやった記憶がないが、シリーズ2で勇者の名前を入力すると自動で仲間の名前が設定された。
筆者が自分の名前を入れたら、仲間は「トンヌラ」と「まいこ」だった。最初は「なんじゃこりゃ?」と思ったけど、段々愛着がわき、その後のシリーズでも一緒に旅をしたのが今となっては懐かしい思い出になっている。
「神」ゲームの生みの親・堀井雄二氏が登場!
「ドラクエ」シリーズは、堀井氏によると、シリーズ累計6400万本を売り上げているそう。中でも、1988年に発売された「ドラクエ3」は、、発売当日に量販店の前に1万人が列を作るなど社会現象にもなったメガヒット作。
ゲスト・中川翔子は、ドラクエには「人生のすべてが詰まっている」とドラクエ愛を力説。「ドラクエ3」は、「そのエンディングが素晴らしい」と大絶賛した。
異世界の大魔王ゾーマを倒しに行く勇者!
気になるそのエンディングは、冒険の果て、異世界の大魔王・ゾーマを倒した勇者。いつもなら、大ボスを倒した後、自分の故郷に帰ってハッピーエンドとなるはずだが、ダンジョンをぬけ、外に出ると画面が不吉に揺れ…「そらの うえのほうで なにかが とじたような おとが した!」という衝撃のメッセージが現れる。
中川は、「勇者さまは異世界に魔王を倒しに来たと言いましたが、その出口がふさがれてしまったのです」
「世界を救った勇者さまが、あの懐かしい故郷に帰れないなんて、なんとも悲しいエンディング」と興奮気味に解説した。
さらに、異世界の英雄となった勇者だったが、その後、姿を見たものは誰もいない…というエピローグで「ドラクエ3」は幕を閉じる。
ドラクエ3の物語は、ドラクエ1へ引き継がれる!
中川「一体、勇者はどこへ行ったのか?こういう含みを持たせたエンディング」
中居「え、これで終わりなの?」
中川「終わりなんです。文章だけで、私たちにイマジネーションを持たせてくれている」
中居「いろんな解釈をさせようと」
そして、スタッフロールが流れたあと『TO BE CONTINUEDドラクエ1』というメッセージが現れ、ドラクエ1の勇者が、ドラクエ3の主人公の子孫であることが判明するというドラマチックなエンディングを中川は堀井氏そっちのけで熱くプレゼンした。
しょこたんを衝撃のどん底へ突き落とす事実が判明!
しかし、堀井氏は「ドラクエ3で、印象的なエンディングが出来たのは、膨大な作業に追われて早く楽になりたかったからです!エヘヘ」とお茶目に発表。
中川は「私の人生の感動はどうなるんでしょうか?」とショックを隠せない。
堀井氏は「当時は、ほとんど1人でセリフを書いていた」とドラクエ制作の裏側を告白。
当時、街の人など、ドラクエの世界中に散らばる全ての登場人物のセリフを考え、データも作っていたという堀井氏。
ドラクエ2では、大ボスを倒した後、勇者は世界を周れ、人々から「ありがとう」などの言葉をかけてもらえる設定だったが…。
「でも3は世界が広すぎて、これはまた書くと大変だなと思った。どうしよう?と思って、わかった!上の世界閉じちゃえ」
「閉じちゃって、下の世界(異世界)だけのセリフを考えて、ちょっと楽になった。いや、ほんとに大変だった」と、堀井氏はドラクエ制作の苦労を語った。
あの感動のエンディングは、堀井氏が「セリフを書くのに疲れた」ことから生まれたものだと分かり、中川は呆然。
ドラクエは膨大かつアナログな手作業から生まれた!
劇団ひとり「ドラクエ1につなげる構想はいつからあったんですか?」
堀井「ドラクエ3作る時ですね。1の時は何も考えてないですね」
中居「当時は、まだ優秀なパソコンも無かったわけだし、どうやって作っていたんですか?」
堀井「僕は当時、紙に書いてましたね。紙にマップを描いて、登場人物にナンバーをつけて。例えば、1番の王様はこのセリフ、この時はこのセリフとか」
アンタッチャブル山崎「爆発的に売れて、経験値も上がったけど預金残高も上がったのでは?」
堀井「生活はあまり変わらない。元々、ひきこもりだったので。それが高じてゲーム作り始めたんで。今でもゲームして遊んでいます」
山崎「そういう人がヒット生むんだね」
中川「それで、次のゲームを開発してくれてるんですよ!」
個人的には、ドラクエは5くらいまでしかやった記憶がないが、シリーズ2で勇者の名前を入力すると自動で仲間の名前が設定された。
筆者が自分の名前を入れたら、仲間は「トンヌラ」と「まいこ」だった。最初は「なんじゃこりゃ?」と思ったけど、段々愛着がわき、その後のシリーズでも一緒に旅をしたのが今となっては懐かしい思い出になっている。