もうこれ以上、我慢できない。時価総額世界一を誇る超有名企業の下請けメーカーが、度重なる発注元の理不尽要求に、ついに反旗を翻した。その決死の訴えに日本の製造業の未来がかかっている。
黙っていられない!
「電話で申し上げた通り、いまはお話しすることができないんです。落ち着いたら、また連絡をください……」
住宅や個人商店に混じって、多くの町工場が立ち並ぶ東京都荒川区。本誌記者は、そんな昔ながらの下町の一角に本社を置く、ある中小企業を訪れた。
その企業の幹部社員は、取材に対し、終始緊張した面持ちで、言葉を選んで答えているようだった。それは何か巨大な存在に怯えているかのようにも見える。
それもそのはず、この企業はいま世界的な注目を浴びているある裁判の真っ最中で、少しでも下手なことを口にしたら判決に影響を与えかねないからだ。
裁判を起こしたのは、主に電源アダプタのコネクタなどに使われるピンの製造をしている島野製作所というメーカーである。
島野は従業員350名、年商約30億円と規模は小さいながらも、その高い技術力を評価され、インテルやサムスンなど世界中の有名企業から注文を受けている。アップル社とも取り引きし、パソコン用電源アダプタの接合部分に使われる「ポゴピン」を製造してきた。その島野が独占禁止法違反と特許権侵害でアップルを訴えたのだ。求めている賠償額は合わせて約100億円にものぼる。
アップルは現在、時価総額約6200億ドル(約67兆円)、'14年9月時点で1828億ドル(約19兆円)の売上高を誇り、従業員8万人を有する、言わずと知れた世界有数の大企業だ。今年9月に発売されたiPhone6およびiPhone6 Plusの販売台数が3日間で1000万台を突破するなど人気はいまだに衰えていない。
島野はなぜそのような「IT業界の横綱」を訴えるという行動に出たのか。
島野とアップルの関係は、'06年から始まっている。当時のアップルの状況を楽天証券アナリストの今中能夫氏が語る。
「アップルはiPhoneを発売した'07年から現在の大躍進が始まっています。iPhoneやiPodを作るため多くの日本の中小企業が技術力を買われて下請けとして潤った。その時は、アップルに感謝している企業も多かったんです」
島野もアップルの急成長の恩恵を被った企業のひとつだった。アップルは島野に対して、高品質な部品を継続的に量産できるよう品質管理体制を構築することを要請し、島野も多大な設備投資を行ってそれに応じてきた。
だが、'12年8月から両社の関係はこじれていく。突如、新製品用のピンの発注量が激減したのだ。
島野の担当者はアップルにその理由の説明を求めた。だが、ただ「ピンが使われる電源アダプタの需要が大幅に減ったため」と答えるだけだった。これについて島野側は訴状で次のように記している。
〈もっとも、実際にはMagSafe2(編集部註:電源アダプタ)の需要が大幅に減少したなどという事実はなく、被告(アップル)が他のメーカーに類似製品を製造させたことが原因である〉
両社の間には、「類似製品の開発などを行わないという合意」があった。にもかかわらず、他メーカーに発注先を変えたということは、島野独自の技術が流出した疑いがあることを意味する。これは特許権侵害にあたる。島野の抗議に対し、アップルは「設計図が違うため、合意違反には当たらない」と答えたという。
島野は、発注の停止により、大量の在庫を抱え、生産ラインを停止する事態にまで追いこまれた。翌'13年5月、事業の継続のため、以前からアップルに執拗に要求されてきたピンの代金の「減額」にも応えざるをえなかった。
巨象とアリの戦い
しかし、事態はさらに悪化していく。アップルは減額だけでは飽き足らず、「取引を再開したければ、すでに納品しているピンの在庫分についてのリベートを払え」と要求。つまり、アップルが持つ在庫の購入時の価格と、減額要求で求められた価格との差額に在庫数をかけた、約159万ドル(当時のレートで1億6000万円)を、島野はアップルに支払えというのだ。
次ページはたしてこんなことが許されるのか。企業法務に詳しいMLIP経営法律…
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はたしてこんなことが許されるのか。企業法務に詳しいMLIP経営法律事務所の大西達夫弁護士に訊いた。
「すでに納品して決済済みの在庫に対して、のちに価格が下がったから、その在庫分についてもさかのぼって計算しなおして、その差額をリベートとして支払えという要求は、常識的に見て公正な競争行為とは到底言えません。島野の主張の通りだとすれば、独占禁止法違反にあたる可能性が高いと思われます」
この不当な扱いに耐えかねた島野は、今年8月、ついにアップルを訴えた。
前出の今中氏は今回の争いを巨象とアリの戦いに喩える。
「この裁判は、島野にとっては死活問題ですが、アップルのような巨大企業にとって島野なんてアリのような存在です。
アップルにされるがままだった島野は、技術やノウハウを奪われ、商品を安く買い叩かれ、ついに訴えるしかない状況に追い込まれたんです」
島野は今回の訴訟が原因で会社に悪影響を与えることがあれば、社長、会長ともに辞任する覚悟で臨んでいるという。
だが、国際企業の訴訟に詳しいアナリストの鈴木貴博氏は、今回の裁判の無謀さを強調する。
「アップルはあらかじめ訴訟に備え、巨額の弁護士費用を会社の予算に組み込んでいます。当然、今回の裁判にも腕利きの弁護士を集めて対抗してくるでしょう。島野は裁判費用の面でもまったく敵わないといっていい」
リスクばかり押しつけられ
裁判の過程で白日の下にさらされた、アップルの島野に対する「いじめ」ともいえる要求の数々。『アップル帝国の正体』の著者である週刊ダイヤモンド誌記者の後藤直義氏がその構図を解説する。
「アップルは下請け企業への負荷が高いことで有名です。デザインにこだわるアップル製品の部品はすべてがいわば『特注品』なので、高い技術力を必要とします。しかも、アップルの製品は世界中でひっぱりだこなので、大量に必要になる。そのため、同一部品を複数の企業に作らせて、互いに競争させてクオリティを保ちつつコストを下げているんです。
下請け企業はアップルの求める水準に応えるために専用工場を持っているところが多く、当然『アップルに切られたら、おしまい』という状況の企業も少なくない。だから、下請けはどんな無茶な要求でも呑まざるを得ないんです」
実際、シャープのような日本の大企業でさえ、アップルに翻弄されている。
シャープは'11年にアップルの出資を受け、三重県にある亀山工場をiPhoneの液晶パネル専用工場に改装した。ここはかつてAQUOSなど、シャープの看板製品を製造し『世界の亀山モデル』と呼ばれるまで成功した工場だったが、リーマンショックと競合他社との価格競争を契機に業績が悪化。シャープは再起を賭け、亀山工場をアップルの中小型パネル用の工場として生まれ変わらせた。
だが、シャープは'11年度と'12年度の2年連続で大幅な赤字を記録する。その原因のひとつにこの工場があった。後藤氏が続ける。
「実は、アップル用の工場を持っていて利益を大量に出している企業は極めて少ないんです。
シャープのこの工場の場合、iPhone5が当初の予想よりも売れなくて、2ヵ月もの間まったく稼働しない時期もありました。この工場を維持させるためには設備費や人件費など月に200億円ほどかかるので、それだけで400億円もの赤字です。注文のある時はフル稼働ですが、ない時は勿論、他のものは何もつくれません。普通、工場は80%以上の稼働率が維持できるのが理想なのですが、この工場の場合、1年を通して見れば、稼働率は到底80%には届いていません」
アップルが毎年公開している「サプライヤーリスト」によると、今年3月時点で、日本は139ヵ所(中国に次ぎ世界第2位)もの工場で部品を作っている。その中にはシャープ以外にも、ソニーやパナソニックといった有名企業も含まれているが、そうした大企業はともかく、島野のような中小企業はアップルの意向ひとつで会社の命運を左右されてしまう。
もちろん、それで中小企業が潰れたとしても、アップルが意に介するはずもない。また、別の下請けを見つければいいだけの話だ。
リスクを立場の弱い下請けに押し付ける仕組みは、'11年にCEOになったティム・クック氏が作り上げたものだという。
「ティム・クックはジョブズのようなアーティストではありません。彼はコンパックやIBMといった大企業で調達担当として辣腕を振るってきた人間です。ジョブズが太陽とすれば、クックは月。ジョブズが世界中が憧れるようなデザインの商品をつくる裏で、彼はそれをギリギリのコストで世界中の部品メーカーから調達するという影武者のような役割を担ってきました。いまの『世界一アコギな企業』といってもいいアップルをつくり上げた人物です」(後藤氏)
「私がある企業の代理人としてジョブズの右腕といわれたアップルの幹部に会った時のことです。通常であれば秘密保持契約を結んだ上で、『これから見せる技術はここだけの話で、第三者には内密に』という申し合わせをします。しかし、その幹部は『当社は秘密保持契約を結ばない』と言うんです。
それはなぜかと尋ねると『もしかすると、いまから君たちが見せてくれる技術と同じものを、社内のチームが手がけている可能性がある。その時、契約に縛られては困るからだ』と答えたのです。正直なところ驚きました。
たしかにアップルがいま何を開発中か外部からはわかりません。ですが、秘密保持契約を結ばずに、情報の開示を受け、アップルがコンセプトやアイデアを流用しても、相手は何もクレームをつけられない危険性が出てくるのです」
アップルにとっては、下請けメーカーの秘密保持という重大事も、自身が利益を生み出すためなら、些細なことでしかないのかもしれない。
裁判の行方は?
アップルの横暴な振る舞いが知られるにつれて、「最近は日本でもアップルとの取引を避ける企業が出てきた」と前出の今中氏が語る。
「日本の下請け企業の多くは、いまのアップルに対して『強引すぎる』という意識を持っています。たとえば、大量発注を匂わせておいて、実際には発注しない。あるいはいきなりキャンセルする。そのため『もうアップルとは付き合えない』という日本企業も増えてきている。アップルをありがたがる時代ではなくなってきているということです」
たしかに日本の中小企業にとってアップルの下請けになることが、大きな利益をもたらすように見えた時期もあったかもしれない。
だが、それは禁断の果実だった。一旦、下請けになれば、どんな無茶な要求をされても、文句も言えずに、呑み込むことしかできない。
島野の訴えは、そんな多くの下請け企業が抱えている「ナメるなよ」という怒りを代弁するようなものだったのだ。
この裁判の行方を、前出の鈴木氏が解説する。
「世界的な大企業を訴えたわけですから、島野も何か切り札があるのだろうと思います。私が島野側の戦略指南として参加するとしたら、『特許権侵害を認めさせ、取引を再開』を条件に和解を進めるでしょう。アップルも無駄な傷は負いたくないわけですから、応じる可能性は決して低くないと思います」
爆発的に売れる商品を楯に、下請けに無理を強いてきたアップル。この世界的大企業が支払うことになる代償は大きいだろう。
黙っていられない!
「電話で申し上げた通り、いまはお話しすることができないんです。落ち着いたら、また連絡をください……」
住宅や個人商店に混じって、多くの町工場が立ち並ぶ東京都荒川区。本誌記者は、そんな昔ながらの下町の一角に本社を置く、ある中小企業を訪れた。
その企業の幹部社員は、取材に対し、終始緊張した面持ちで、言葉を選んで答えているようだった。それは何か巨大な存在に怯えているかのようにも見える。
それもそのはず、この企業はいま世界的な注目を浴びているある裁判の真っ最中で、少しでも下手なことを口にしたら判決に影響を与えかねないからだ。
裁判を起こしたのは、主に電源アダプタのコネクタなどに使われるピンの製造をしている島野製作所というメーカーである。
島野は従業員350名、年商約30億円と規模は小さいながらも、その高い技術力を評価され、インテルやサムスンなど世界中の有名企業から注文を受けている。アップル社とも取り引きし、パソコン用電源アダプタの接合部分に使われる「ポゴピン」を製造してきた。その島野が独占禁止法違反と特許権侵害でアップルを訴えたのだ。求めている賠償額は合わせて約100億円にものぼる。
アップルは現在、時価総額約6200億ドル(約67兆円)、'14年9月時点で1828億ドル(約19兆円)の売上高を誇り、従業員8万人を有する、言わずと知れた世界有数の大企業だ。今年9月に発売されたiPhone6およびiPhone6 Plusの販売台数が3日間で1000万台を突破するなど人気はいまだに衰えていない。
島野はなぜそのような「IT業界の横綱」を訴えるという行動に出たのか。
島野とアップルの関係は、'06年から始まっている。当時のアップルの状況を楽天証券アナリストの今中能夫氏が語る。
「アップルはiPhoneを発売した'07年から現在の大躍進が始まっています。iPhoneやiPodを作るため多くの日本の中小企業が技術力を買われて下請けとして潤った。その時は、アップルに感謝している企業も多かったんです」
島野もアップルの急成長の恩恵を被った企業のひとつだった。アップルは島野に対して、高品質な部品を継続的に量産できるよう品質管理体制を構築することを要請し、島野も多大な設備投資を行ってそれに応じてきた。
だが、'12年8月から両社の関係はこじれていく。突如、新製品用のピンの発注量が激減したのだ。
島野の担当者はアップルにその理由の説明を求めた。だが、ただ「ピンが使われる電源アダプタの需要が大幅に減ったため」と答えるだけだった。これについて島野側は訴状で次のように記している。
〈もっとも、実際にはMagSafe2(編集部註:電源アダプタ)の需要が大幅に減少したなどという事実はなく、被告(アップル)が他のメーカーに類似製品を製造させたことが原因である〉
両社の間には、「類似製品の開発などを行わないという合意」があった。にもかかわらず、他メーカーに発注先を変えたということは、島野独自の技術が流出した疑いがあることを意味する。これは特許権侵害にあたる。島野の抗議に対し、アップルは「設計図が違うため、合意違反には当たらない」と答えたという。
島野は、発注の停止により、大量の在庫を抱え、生産ラインを停止する事態にまで追いこまれた。翌'13年5月、事業の継続のため、以前からアップルに執拗に要求されてきたピンの代金の「減額」にも応えざるをえなかった。
巨象とアリの戦い
しかし、事態はさらに悪化していく。アップルは減額だけでは飽き足らず、「取引を再開したければ、すでに納品しているピンの在庫分についてのリベートを払え」と要求。つまり、アップルが持つ在庫の購入時の価格と、減額要求で求められた価格との差額に在庫数をかけた、約159万ドル(当時のレートで1億6000万円)を、島野はアップルに支払えというのだ。
次ページはたしてこんなことが許されるのか。企業法務に詳しいMLIP経営法律…
3ページ
はたしてこんなことが許されるのか。企業法務に詳しいMLIP経営法律事務所の大西達夫弁護士に訊いた。
「すでに納品して決済済みの在庫に対して、のちに価格が下がったから、その在庫分についてもさかのぼって計算しなおして、その差額をリベートとして支払えという要求は、常識的に見て公正な競争行為とは到底言えません。島野の主張の通りだとすれば、独占禁止法違反にあたる可能性が高いと思われます」
この不当な扱いに耐えかねた島野は、今年8月、ついにアップルを訴えた。
前出の今中氏は今回の争いを巨象とアリの戦いに喩える。
「この裁判は、島野にとっては死活問題ですが、アップルのような巨大企業にとって島野なんてアリのような存在です。
アップルにされるがままだった島野は、技術やノウハウを奪われ、商品を安く買い叩かれ、ついに訴えるしかない状況に追い込まれたんです」
島野は今回の訴訟が原因で会社に悪影響を与えることがあれば、社長、会長ともに辞任する覚悟で臨んでいるという。
だが、国際企業の訴訟に詳しいアナリストの鈴木貴博氏は、今回の裁判の無謀さを強調する。
「アップルはあらかじめ訴訟に備え、巨額の弁護士費用を会社の予算に組み込んでいます。当然、今回の裁判にも腕利きの弁護士を集めて対抗してくるでしょう。島野は裁判費用の面でもまったく敵わないといっていい」
リスクばかり押しつけられ
裁判の過程で白日の下にさらされた、アップルの島野に対する「いじめ」ともいえる要求の数々。『アップル帝国の正体』の著者である週刊ダイヤモンド誌記者の後藤直義氏がその構図を解説する。
「アップルは下請け企業への負荷が高いことで有名です。デザインにこだわるアップル製品の部品はすべてがいわば『特注品』なので、高い技術力を必要とします。しかも、アップルの製品は世界中でひっぱりだこなので、大量に必要になる。そのため、同一部品を複数の企業に作らせて、互いに競争させてクオリティを保ちつつコストを下げているんです。
下請け企業はアップルの求める水準に応えるために専用工場を持っているところが多く、当然『アップルに切られたら、おしまい』という状況の企業も少なくない。だから、下請けはどんな無茶な要求でも呑まざるを得ないんです」
実際、シャープのような日本の大企業でさえ、アップルに翻弄されている。
シャープは'11年にアップルの出資を受け、三重県にある亀山工場をiPhoneの液晶パネル専用工場に改装した。ここはかつてAQUOSなど、シャープの看板製品を製造し『世界の亀山モデル』と呼ばれるまで成功した工場だったが、リーマンショックと競合他社との価格競争を契機に業績が悪化。シャープは再起を賭け、亀山工場をアップルの中小型パネル用の工場として生まれ変わらせた。
だが、シャープは'11年度と'12年度の2年連続で大幅な赤字を記録する。その原因のひとつにこの工場があった。後藤氏が続ける。
「実は、アップル用の工場を持っていて利益を大量に出している企業は極めて少ないんです。
シャープのこの工場の場合、iPhone5が当初の予想よりも売れなくて、2ヵ月もの間まったく稼働しない時期もありました。この工場を維持させるためには設備費や人件費など月に200億円ほどかかるので、それだけで400億円もの赤字です。注文のある時はフル稼働ですが、ない時は勿論、他のものは何もつくれません。普通、工場は80%以上の稼働率が維持できるのが理想なのですが、この工場の場合、1年を通して見れば、稼働率は到底80%には届いていません」
アップルが毎年公開している「サプライヤーリスト」によると、今年3月時点で、日本は139ヵ所(中国に次ぎ世界第2位)もの工場で部品を作っている。その中にはシャープ以外にも、ソニーやパナソニックといった有名企業も含まれているが、そうした大企業はともかく、島野のような中小企業はアップルの意向ひとつで会社の命運を左右されてしまう。
もちろん、それで中小企業が潰れたとしても、アップルが意に介するはずもない。また、別の下請けを見つければいいだけの話だ。
リスクを立場の弱い下請けに押し付ける仕組みは、'11年にCEOになったティム・クック氏が作り上げたものだという。
「ティム・クックはジョブズのようなアーティストではありません。彼はコンパックやIBMといった大企業で調達担当として辣腕を振るってきた人間です。ジョブズが太陽とすれば、クックは月。ジョブズが世界中が憧れるようなデザインの商品をつくる裏で、彼はそれをギリギリのコストで世界中の部品メーカーから調達するという影武者のような役割を担ってきました。いまの『世界一アコギな企業』といってもいいアップルをつくり上げた人物です」(後藤氏)
「私がある企業の代理人としてジョブズの右腕といわれたアップルの幹部に会った時のことです。通常であれば秘密保持契約を結んだ上で、『これから見せる技術はここだけの話で、第三者には内密に』という申し合わせをします。しかし、その幹部は『当社は秘密保持契約を結ばない』と言うんです。
それはなぜかと尋ねると『もしかすると、いまから君たちが見せてくれる技術と同じものを、社内のチームが手がけている可能性がある。その時、契約に縛られては困るからだ』と答えたのです。正直なところ驚きました。
たしかにアップルがいま何を開発中か外部からはわかりません。ですが、秘密保持契約を結ばずに、情報の開示を受け、アップルがコンセプトやアイデアを流用しても、相手は何もクレームをつけられない危険性が出てくるのです」
アップルにとっては、下請けメーカーの秘密保持という重大事も、自身が利益を生み出すためなら、些細なことでしかないのかもしれない。
裁判の行方は?
アップルの横暴な振る舞いが知られるにつれて、「最近は日本でもアップルとの取引を避ける企業が出てきた」と前出の今中氏が語る。
「日本の下請け企業の多くは、いまのアップルに対して『強引すぎる』という意識を持っています。たとえば、大量発注を匂わせておいて、実際には発注しない。あるいはいきなりキャンセルする。そのため『もうアップルとは付き合えない』という日本企業も増えてきている。アップルをありがたがる時代ではなくなってきているということです」
たしかに日本の中小企業にとってアップルの下請けになることが、大きな利益をもたらすように見えた時期もあったかもしれない。
だが、それは禁断の果実だった。一旦、下請けになれば、どんな無茶な要求をされても、文句も言えずに、呑み込むことしかできない。
島野の訴えは、そんな多くの下請け企業が抱えている「ナメるなよ」という怒りを代弁するようなものだったのだ。
この裁判の行方を、前出の鈴木氏が解説する。
「世界的な大企業を訴えたわけですから、島野も何か切り札があるのだろうと思います。私が島野側の戦略指南として参加するとしたら、『特許権侵害を認めさせ、取引を再開』を条件に和解を進めるでしょう。アップルも無駄な傷は負いたくないわけですから、応じる可能性は決して低くないと思います」
爆発的に売れる商品を楯に、下請けに無理を強いてきたアップル。この世界的大企業が支払うことになる代償は大きいだろう。