米ハーバード大学の生体医療エンジニアでル・ラボラトワの創業者であるデイビッド・エドワーズ博士のモットーは「香りは1000枚の写真と同じくらい雄弁」というもの。同博士は、においをメッセージとして送信できる「oPhone」を開発し、市場に投入することを目指している。

oPhoneはパリの香水メーカーやカフェと連携して香りのメニューを作成し、「Ochips」内に内蔵させた。このチップを格納した端末のボタンに触れると、熱によって香りが噴射される。これをすぐに冷却することで、鮮明なにおいをその場にとどまらせることが可能になったという。

oPhoneの利用者は、好きなように香りを組み合わせたうえで、調合した香りをメッセージとして送信すると、受信した側の端末で香りを再生できる。組み合わせによって調合できる香りは、今のところ最大365種類だ。

oPhone発売にあたっては、初の「嗅覚ソーシャル・ネットワーク」用の無料アプリも、あわせて発表される予定だ。

このアプリを使うと、通常の携帯電話により、テキストや電子メールの形で、香りの内容を記載したメッセージを送信できる。受信者は、設置されたホットスポットから、メッセージ通りに調合された香りをダウンロードできる仕組みだ。

アナリストによれば、においをコミュニケーションに取り込む試みは、飽和しつつある市場に新たな活路を開くもの。テキストデータにできることは既にやり尽くされた感があるが、においを通すことで、より深く親密に「つながる」ことができるのではないかという。

こうした動きを先導しているのは、大手よりもベンチャー企業だ。代表的なのはシンガポールのミックスト・リアリティー・ラボ(MXR)。日本で発売された、香りをやり取りするデバイス「Scentee(センティー)」の開発などを手掛けている。

MXRの創設者であるエイドリアン・チョック博士によると、においを送り届ける技術は、現時点では、MP3以前の音楽のような段階にとどまっている。つまり、においをデバイス内に保存し、あくまで物理的にやり取りする必要がある。

現在、チョック博士が実験しているのは、もう一歩先に進み、デジタルなにおいとインターネットとをつなぐ技術だ。磁気コイルを内蔵したマウスピースのようなデバイスを被験者に装着させ、脳の嗅覚器官に向けて電気信号を送ることで、脳内でにおいに似た効果を再現できるという。
嗅覚のデジタル化は、医療分野でも期待が大きい。米モネル・ケミカル・センシズ・センターでは、患者の体内にがんの生体指標となるにおいを探り当てる研究が進んでいる。電子的な「鼻」を使い、がん患者の血液内の化学物質のにおいを感知することで、早期診断を目指す。これは、犬が持つ病気を検知する能力からアイデアを得たものだ。

既にスマートフォン向けにも似たようなテクノロジーが出現している。
チョック博士が最終的に目指すのは、五感のすべてに働きかけ、人を仮想現実に没入させる、全感覚対応型のデバイスだ。

これまでのテクノロジーでは見過ごされてきた多様な感覚が、主役の座に躍り出るかもしれない。