ベトナムは、世界第3位のバイク保有国である。人口約9000万人に対して、バイクの年間販売高は約300万台。一方、自動車はわずか9万台である(2012年)。いかに、バイクが多いかがわかる。

不発弾もバイクで運ぶ?

実際、ベトナムを訪れる人々は、イナゴの大群のようなバイクの多さと圧倒的な人々の熱気に面食らう。1台のホンダ(125cc)に家族全員4人がまたがっているなんていうのは、当たり前。長さ5メートルもある建材を運んでいたり、2メートル四方はある大型の建築用ガラスをおそろしい空気抵抗を受けながら運んでいたりする姿などは、この国の風物詩となっている。

以前、ある外国企業が建設を担当する工事現場で、ベトナム戦争当時の不発弾が見つかった。外国人の現場担当者は、ワーカーに絶対に近寄るなと厳しく指示。同時に、公安に処理を依頼し、緊迫した状況で待つこと数十分。公安と思しき数名がバイクで現場に駆けつける。

公安が爆弾を取り囲みつつ、「ワーワー」と喧しい議論をすること数分。そのまま公安数名が不発弾をひょいと持ち上げ、バイクに積んで(厳密には2人乗りの後ろの者が生不発爆弾を抱えて)帰って行ったという話も聞いたことがある。ベトナム人にとっては、時に爆弾まで運ぶ(らしい)ぐらい、バイクが生活の必需品である。

給料10か月分のバイクをキャッシュで買う

しかし、このバイク、決して安いわけではない。ホンダの普及しているモデルで新車価格15万~20万円はする。一方、ベトナムの一般的労働者の給料は月2万~3万円。つまり、給料約10カ月分のバイクに多数の人が乗っているということになる。ベトナム人は相当なローンを抱えてバイクを買っているのかと言えば、そうでもない。

日本のJACCSがベトナムではバイクローンの事業を営んでいるが、ベトナム人のバイク購入におけるローン比率はせいぜい10~20%程度だと言われている。つまり大多数の人は、キャッシュで買う。では、一体ベトナム人たちはどうやって高価なバイクを買っているのか。ここにベトナム経済を理解する2つの重要なポイントがある。

1つは、ベトナム戦争の終盤以降に、ボートピープルとして海外に亡命した「越僑」と呼ばれる海外のベトナム人たちからの送金。もう1つは、実際の給料とは別の非公式な収入である。

ベトナムを支える越僑からの送金

実は、あまり知られていないが、ベトナムは2012年時点で、海外からの送金額が世界第9位の国である。統計によれば、2013年(11月現在)のベトナムに対する海外からの送金は年110億米ドル(約1.1兆円) 。同時期のベトナムの輸出総額が約1,210億ドル(12兆円)で、輸入もほぼ同額であることから、実に輸出総額の約10分の1の資金が海外に住むベトナム人から母国に送金されている計算になる。

ちなみに、金額(2012年)が最も多い国はインドで710億米ドル、以下、中国(600億米ドル)、フィリピン(260億米ドル)と続く。ベトナムには450万人にのぼると言われる海外に住むベトナム人(越僑)がいる。彼らの多くは、ベトナム戦争に敗れた南ベトナムの人々だ。1970年代の半ばから80年代前半にかけて、何百万もの南ベトナム人が、北ベトナムによる厳しい支配に耐えかねて、海外に脱出した。

その脱出劇の凄惨さを書くのは別の機会に譲るとして、こうして海外に亡命した南ベトナム人からの母国への投資・送金というのが、看過できない規模で存在する。その結果、月々の給料(フロー)は3万円にすぎないが、財産(ストック)は、海外からの送金を溜め込んで何百万円もあるため、楽々と20万円もする新品のバイクを家族全員が持っているというような構造になる。

公務員は自分の給料を知らない

もう1つの要素が、非公式な収入である。ベトナムで投資・コンサルティングの仕事をしている関係上、政府関係の知り合いも多い。しかし、いままで知り合ったベトナム人の一定地位以上の公務員の中で、自分の給料を正確に覚えている人に実は1人も会ったことがない。

例えば、なんとか省の課長クラスに、「給料はどれくらいですか?」と聞くと、「分からない」と真剣に答えてくる。ちなみに、日本人的なたしなみで給料の額を言わないというのではない。ベトナム人はオープンな性格で、初対面で相手の給料を聞いたりすることを気にしない人が多い(これがオープンの定義に合致するかはともかく)が、公務員は給与を本当に分かっていない。

「じゃあ、給料ではなくて、月々の収入はどれぐらいあるの?」と質問を切り替えると、「それなら50万円だ」と答えてくる。ベトナムの公務員の給料はとても安い。例えば、首相の給料も公式には月8万円と公表されている。これでは食っていけない(食っていけなくはないが、たいして豊かでもない)。よって、ほとんどの公務員は、せっせとアルバイトをする。

交通警察や医師の副収入

一番分かりやすいのが、街角に立っている交通警察官たち。走ってくるバイクの交通違反をとがめては、賄賂を要求するという小遣い稼ぎに忙しい。バイクの歩行者天国のようなベトナムでは、交通違反者は、それこそ無尽蔵にいるため、彼らの実収入は相当に高いと噂されている。

ちなみに、ベトナム人の交通ルール遵守意識は、日本人的な感覚からすると、皆無に近い。歩道を走るバイクなんていうのは当たり前。違反しているという感覚の部類に入らない。歩道を4人乗りで逆走して、信号無視をして、挙句に人を跳ね飛ばしたら、交通違反とはじめて自覚するという感じに近い(やや大げさだが)。

他の例としては、国立病院の医師。ベトナムには、約1000の国立病院が存在する。公務員である医師の給料は非常に安く、大病院の院長クラスでも月15万円程度といわれる。よって、殆どの医師が、本来の勤務時間外で自らクリニックを経営している。国立病院に来た患者に対して、「では、次回は私のクリニックに来てください」という具合で、患者を誘導し、小遣いを稼ぐ。国立病院の数は1000だが、こうしたクリニックは3万もあると言われている。

ベトナム人の購買行動を把握することのむずかしさ

ベトナム人の購買・消費行動を、外国人が理解することはなかなか難しい。決して裕福そうには見えない家族が、最近進出したスターバックスで1杯500円もするようなコーヒーを飲む。古びた軍服を着た空港のパスポートコントロールの若い兄ちゃんが、「俺の住んでいるマンションは、あなたと同じ場所ですね」と微笑んでくる(一応、私も、現地価格では、そこそこ値段のする外国人向けマンションに住んでいるんですが・・・)。

「俺の仕事は娘を幼稚園に送り迎えするだけだ」と、風采の上がらない親父が昼間から酒を飲んでは、からんでくるが、よくよく見ると送り迎えの車が、メルセデスのSクラス(しかも赤色)だったりする(なお、当然ながら、飲酒運転への意識は殆どない)。

海外からの多額の送金と、統計には出てこない非公式な収入。ベトナム人の購買・消費行動のなぞを理解するには、この2つの資金ソースを考慮しておく必要がある。DIベトナムでは、ベトナムに進出する日系の大企業向けに様々な戦略コンサルティングをやらせていただいている。その中には、日系の食品・消費財メーカーが、ベトナムの消費者を分析したいので手伝って欲しいという依頼も多い。

日本で消費者を分析する際には、年収というのが重要な属性の切り口になることが多い。ところが、ベトナムの場合、月給3万円の交通違反取り締まり官の実態の収入が月30万円だったり、貯金が500万円だったりするので、この年収での分析が意味を持たないという難しさがある。

各国ならではの消費者の行動を理解することは、その国でビジネスをする上では大切な要素の1つだ。




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