愛知県は全国のえび煎餅製造量の80%を占めるえびせん王国です。三河湾周辺には、約100社の中小メーカーがあります。

しかし、お煎餅製造の市場は縮小傾向にあり、米菓製造業全体の事業者数は10年前と比べて約3割減少しています。中小メーカーの体力が総じて弱く、卸問屋に販売を依存しているため、値引きや高率な販売手数料負担など、厳しい商売を強いられてきたからです。

そこで今回は、既存の流通構造から脱却し、地域とともに成長してきたお煎餅屋さん「スギ製菓」をご紹介しましょう。

スギ製菓は、杉浦三代枝氏(以下杉浦社長)が1970年(昭和45年)に事業をスタートさせたお煎餅製造会社で、かつては卸問屋を通して生協や大手量販店に商品を卸していました。食品スーパーが台頭し始めたころということもあって、創業当初はこの方法でも利益が出ていましたが、問屋やスーパーの力が強くなってくると、徐々に利益が出ないようになってきました。

卸問屋へのお煎餅1枚の販売価格は、直接販売の半分。しかも、集金に行けば2時間も待たされた上に値引き交渉され、支払手形3カ月といった厳しいものでした。


●2度のピンチ

1988年(昭和63年)、スギ製菓はあってはならない事件を起こしてしまいます。生協に納品したイカ煎餅に釣針を混入してしまったのです。幸い買われた方は釣針を食べずに済みましたが、釣針が入っていたことは大きなクレームとなり、生協と取引停止になりました。

しかし、スギ製菓は負けませんでした。この事件をきっかけに1990年(平成2年)に伏見工場(現中江工場)を建設し、品質管理の徹底を心掛けるようになりました。

そして8年後、2度目の危機がスギ製菓を襲います。大手の菓子問屋が倒産したのです。スギ製菓は売り上げの実に80%を、この問屋経由であげていました。

職人気質の杉浦社長は良い商品を作ることだけを考えてきましたが、このとき「職人のままでは経営ができない」と考えるようになりました。そこで中小企業同友会で勉強していた「自立型企業作り」と「地域社会との共創」に、経営をシフトすることにしたのです。


●販売チャネル開拓:OEMで全国に美味しさを

自立型企業作りとしてスギ製菓が取り組んだのは、「OEM事業の開拓」と「直営店の経営」です。

きっかけは、とあるタコの産地のお菓子屋さんからの「お煎餅をグラムでビニールに入れて売ってください」という注文でした。裸でお煎餅を発送すると割れ物が多くなるので不思議に思い、杉浦社長は現地まで見に行ったそうです。するとそのお店では、スギ製菓のお煎餅を2枚ずつ個別袋に手詰めし、最後に箱に入れて自店舗ブランドの商品として販売していました。

その光景を見て、杉浦社長は怒ったのでしょうか?

いいえ、怒っていません。ひらめいたのです。製造から包装まで、そのお菓子屋さんだけの商品化を思いつき、「是非、うちで手伝わせてください」と申し出たのです。これが、OEM事業第1号となりました。その後、函館のイカ煎餅、福岡の明太子店と共同開発した明太煎餅と次々に範囲を広げ、いまやスギ製菓のOEM事業は売上の半分を占めるまでに成長しました。

地元の名店へ直接販売すると、卸問屋への倍の価格で売れます。各地の地元名店にチャネルを変え、商品開発に力を入れることで、スギ製菓は卸問屋依存型経営から脱皮できたのです。


●販売チャネル開拓:直営店の経営

2つめの施策として取り組んだのは、直営店の経営です。現在スギ製菓は、愛知県内で「えびせん家族」8店舗、音羽蒲郡IC近くに「えびせん共和国」を展開しています。

直営店はあくまでも地元のお客様向けです。無料のお茶やコーヒーを出したり、絵画や写真などの作品発表の場として利用できるフリースペースを作ったりしました。するとお客様の声がすぐに入るようになり、新商品の試験販売やリサーチなど、販売以上の効果が経営にもたらされるようになったのです。

さらに、出店には投資がつきものです。新規店舗出店時にしっかりとした経営計画を立てることが会社全体にマネジメントを機能させることにつながり、予想を上回る成長ももたらされました。


●徹底した品質管理と商品開発

杉浦社長は「お煎餅の味や品質が、経営危機を救ってきた」と言います。釣り針混入事件以降、2度と同じ過ちを犯さないよう品質管理活動を徹底してきました。

また、どんなに苦しいときでも開発費は惜しまずつぎ込みました。お客様から美味しいと言われる商品でなければ、OEMの話はまとまらないからです。こうして誕生した地域の特産を使った商品は、3年間で300種類ほどにもなりました。

徹底した品質管理と商品開発力が、販路開拓を行う際の後押しになっていることは間違いありません。


●地域と一体となった取り組み

企業は地域に愛されなくてはならないと考える杉浦社長は、地域のイベントへの社員の参加を奨励し、自社のイベントにはまるで社員のように地域の人々を招待します。

例えば、年間20校ほどの学校を訪問し、生徒とともにトイレ掃除を行います。「最初はいやいや掃除をしている生徒も、きれいに磨かれたトイレを見ると生き生きとした表情に変わる」と杉浦社長はうれしそうに話します。

年間を通して行われている、さまざまな取り組みの一部をご紹介しましょう。

ゴミ拾い 全社員で本社工場近隣のゴミ拾いを行います。ごみを拾える人はごみを捨てない人になる、人のことを考える人になると信じられています。

50キロウォーク 取引先や同業者、地域住民も多く参加するイベントで、半分は実際に歩く人、残りの半分は水や食料を用意して歩く人を支える人として参加します。役割は1年おきに交代しますので、双方の気持ちが分かり、支えあえると考えられています。

感謝祭 お世話になっている地域住民の方々を本社工場へお招きして、せんべい工場の見学や会社のさまざまな取り組みを見ていただきます。地域の方々と交流を深めたり、ご意見を頂いたり出来る貴重な「ふれあい」の場となっています。

懇親バーベキュー 社員の家族も一緒に参加し、親睦を深めます。準備から後片付けまで社員全員で行います。こうした家族ぐるみの付き合いも盛んに行われています。

これらの取組みは、すべて社員の手で行います。参加者の喜ぶ顔を想像して知恵を出し合うイベントが、社員や地元の関係者から信頼を得ています。


●地域の同業者との共存共栄

スギ製菓は「共(とも)に」という考えを大切にしています。

OEM事業はスギ製菓だけでは、取引先の要望に応えるすべての商品を製造できません。地元周辺の同業者から仕入れることで、幅広い商品を安定的に提供できるのです。

しかし元受けだからといって、かつて卸問屋にされたようないじめを仕入れ先にすることは断じてありません。値下げ要求は一切しませんし、支払も手形ではありません。月末が土日であれば前倒しで支払います。こうした姿勢に信頼が寄せられ、地元の同業者が新商品を最初に持ってきてくれるなど、よい関係ができてきました。

社員は地元出身者から優先的に採用します。学歴は不問で、中卒も大卒と同じ扱いです。「偏差値教育の影響で暴走族になったりする子もいるが、みんな本当はいい子ばかりだ」と杉浦社長は言います。どんな生い立ちの子であっても、素直に人の話を聞いて行動し、周りの人から認めもらえるような社員に育つことが杉浦社長の願いです。

スギ製菓の元気のポイント!

・チャネル開拓 卸問屋との取引から決別し、OEMで独自のチャネルをつくり、お客様の声を直に聞くために、直営店舗の運営を行っている。

・商品力 味にこだわり、毎年、数多くの新商品開発と品質改良に取り組んでいる。・地域・同業他社との一体感 地域の方やお煎餅をつくる同業他社と共存共栄を目指し一体感を持って取り組んでいる。

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