これはまさに東電の本音・身勝手さを示す象徴的出来事と言ってよいであろう。
以下に転載した記事にあるように、「汚染瓦礫処理」が社会問題化する中、放射能汚染を引き起こした”張本人”たる東電が、「同じく汚染され行き場を失っている木くずを火力発電所で燃料として使ってほしい」との要請を拒否したというのであるから、身勝手もいい話である。
「除染」といった”旨み”のあるものは関連会社にてこれを独り占めする一方で、特に”旨み”がなく、焼却した際の灰に含まれる放射性物質のリスクを伴う「木くず」は要らないというのはトンでもない話であると同時に、「汚染瓦礫」同様、「本当は危険であること」を東電自らが認めたも同然と言ってよいであろう。
読売も同問題を「積み上がり発火恐れ」として、問題の本質をはぐらかせている体たらくであり、相変わらずの”ゴミ売り”ぶり炸裂であると断じてよいであろう。
カネに目のくらんだ自治体や、どこまで”真相”を理解して行動しているのかわからない汚染瓦礫受け入れ賛成派は、この象徴的出来事を通じて、”事の真相”を今一度考えていただきたいものである。
そうすれば自ずと何が正解かが見えてくるであろう。

以下に転載した記事にあるように、「汚染瓦礫処理」が社会問題化する中、放射能汚染を引き起こした”張本人”たる東電が、「同じく汚染され行き場を失っている木くずを火力発電所で燃料として使ってほしい」との要請を拒否したというのであるから、身勝手もいい話である。
「除染」といった”旨み”のあるものは関連会社にてこれを独り占めする一方で、特に”旨み”がなく、焼却した際の灰に含まれる放射性物質のリスクを伴う「木くず」は要らないというのはトンでもない話であると同時に、「汚染瓦礫」同様、「本当は危険であること」を東電自らが認めたも同然と言ってよいであろう。
読売も同問題を「積み上がり発火恐れ」として、問題の本質をはぐらかせている体たらくであり、相変わらずの”ゴミ売り”ぶり炸裂であると断じてよいであろう。
カネに目のくらんだ自治体や、どこまで”真相”を理解して行動しているのかわからない汚染瓦礫受け入れ賛成派は、この象徴的出来事を通じて、”事の真相”を今一度考えていただきたいものである。
そうすれば自ずと何が正解かが見えてくるであろう。
