もはや理解不能な領域に達した感のある野田佳彦が、出演したTV番組の中で「がれきの受け入れを検討している自治体に対する国の財政支援」をチラつかせる発言を行ったようである。
この野田発言は「がれき受け入れが自治体にとって不利益を被るものである」ということを認めたも同然であるという意味で重大であろう。
何故なら、これまで政府も、石原バカ都知事・橋下徹市長等の一部自治体の首長も、新聞・テレビも、「絆」や「痛みをわかちあう」といった美辞麗句を並び立てて、「何の危険もないがれきを拒否するのはおかしい」としてきたことを否定するものだからである。
そして上記記事をみて最も論理矛盾している点は、
「被災地のがれきを引き受けるわけだから、処分場の拡充や新たに処分場を建設するということも出てくる。その財政的な負担をこれからは国がしていく」
という野田発言である。
新たに処分場を作るのであれば、それこそ被災地に建設して、多大な被害を被った地元にがれき処理にかかるカネを落とすようにするのが本筋であろう。
疲弊した地元に雇用を創出し、処分にかかるカネが地元に落ちるという点で、これ以上の震災復興策がどこにあるというのであろうか?
にもかかわらず、何故、わざわざ他の自治体に汚染瓦礫を請け負わすのか?
それは、汚染瓦礫の受け入れが”ボロイ””美味しい”からである。
現時点で汚染瓦礫の受け入れを表明・実施している自治体の首長は、例外なく”カネ目的”と断じてよいであろう。
即ち、政府による”プレミア”の乗った「瓦礫処理コスト」はそれだけ”旨み”が多いということである。
結局のところ、「汚染瓦礫処理問題」などは”美しい助け合い”でも何でもなく、財政の逼迫した自治体がカネ欲しさに蠢いているだけである。
その本質に気づかないまま同問題の是非をどうのこうの言う論調自体が、如何に的外れであるかを我々国民はしっかり認識すべきであろう。

この野田発言は「がれき受け入れが自治体にとって不利益を被るものである」ということを認めたも同然であるという意味で重大であろう。
何故なら、これまで政府も、石原バカ都知事・橋下徹市長等の一部自治体の首長も、新聞・テレビも、「絆」や「痛みをわかちあう」といった美辞麗句を並び立てて、「何の危険もないがれきを拒否するのはおかしい」としてきたことを否定するものだからである。
そして上記記事をみて最も論理矛盾している点は、
「被災地のがれきを引き受けるわけだから、処分場の拡充や新たに処分場を建設するということも出てくる。その財政的な負担をこれからは国がしていく」
という野田発言である。
新たに処分場を作るのであれば、それこそ被災地に建設して、多大な被害を被った地元にがれき処理にかかるカネを落とすようにするのが本筋であろう。
疲弊した地元に雇用を創出し、処分にかかるカネが地元に落ちるという点で、これ以上の震災復興策がどこにあるというのであろうか?
にもかかわらず、何故、わざわざ他の自治体に汚染瓦礫を請け負わすのか?
それは、汚染瓦礫の受け入れが”ボロイ””美味しい”からである。
現時点で汚染瓦礫の受け入れを表明・実施している自治体の首長は、例外なく”カネ目的”と断じてよいであろう。
即ち、政府による”プレミア”の乗った「瓦礫処理コスト」はそれだけ”旨み”が多いということである。
結局のところ、「汚染瓦礫処理問題」などは”美しい助け合い”でも何でもなく、財政の逼迫した自治体がカネ欲しさに蠢いているだけである。
その本質に気づかないまま同問題の是非をどうのこうの言う論調自体が、如何に的外れであるかを我々国民はしっかり認識すべきであろう。
