自・民・共、連合、メディア、日教組を敵に回しての圧勝。永田町には大きな波紋が広がっているようだ。
橋下市長の得票数もさることながら、知名度で劣り、危機とすら言われていた松井知事が200万票を獲得した。
途中まで、「接戦」「混戦」というのが一般的な認識だった。このように橋下氏を「危機」に追い込んだのは、あの「独裁」発言だ。
橋下氏の「独裁」発言は、維新の会内部からも「言うべきではなかった」という声が出るほどで、私も「あれはまずかったんじゃ・・・」と思ったものだが、今思えば、全ては計算されていたものではないかと感じる。
「独裁」発言があったことで、平松陣営は「反独裁」というスローガンのもとに固まった。もし、独裁発言がなければ、共産党が出馬を断念してまで反維新陣営に加わるようなことはおきなかっただろう。
独裁発言があったことで、主義主張が異なる、あらゆる政党・団体が手を結ぶ大儀名分ができた。そして「反独裁」の大合唱が始まり、あまりの攻撃の凄まじさに、一時は「橋下危うし」との見方まで出た。
ところが、だ。主義主張が全く一致しない団体が集まったために、平松陣営は、具体的な政策の主張ができなくなった。代表的なのが、「特別自治市構想」だ。平松氏としては、これが橋下氏の大阪都構想に対抗するための「対案」だったのだが、これに自民が難色を示し、引っ込めざるを得なくなった。
何か突出した政策を掲げれば、必ずどこかの団体に文句を言われる。あらゆる組織の応援を受けなければ勝てないと踏んだ平松氏は、有権者に強くアピールできるような政策を打ち出せなくなってしまったのだ。
こうなると、言える事といえば「反独裁」「反橋下」「反維新」。橋下批判ばかりを訴えるしか方法がなくなってしまった。
この流れに載って、新潮・文春の、あの人権侵害の報道をはじめ、メディアを使った橋下氏への総攻撃が始まった。
しかし、このことで「既成勢力 VS 橋下」という構図がはっきりすることになり、「これぞ大政翼賛会だ」というワンフレーズを号砲として、橋下氏の反転攻勢がスタートした。
「日本の政治は異常」「市民の力を見せつけよう」「日本全国が注目している」と言って支持者の士気を高め、「僕たちには組織はない」「皆さんしかいない」と訴えて、判官びいきの心情を起こさせた。
そして「皆さんと一緒に夢への一歩を踏み出したい」と叫んで、昨今の政治では見られなかった「理想」を抱かせて、「市民VS既成勢力」という構図にもっていった。
そして、地方選挙としてはありえないほどの注目を集めた結果、爆発的な投票率の増加に成功し、圧勝することができた。
この一連の流れは、すべて「独裁」という、あまりにインパクトの強い発言から始まっているのだ。
投票率を高めた意図は、戦いを有利に運ぶという目的だけではない。これだけ多くの有権者が参加して出た結果であるだけに、「これが民意だ」と強く言い切れるだけの説得力を与え、橋下氏の発信力、選挙に対する強さを、日本全国に知らしめた。
これが中央の政界まで動かし、自民・民主は橋下との連携に動き出し、つい昨日まで、さんざん橋下氏や都構想に反対していた自民党市議団が賛成の立場を表明するなど、すさまじいスピードで政局の変化を生み出している。
一地方の首長が、今や100人の勢力を抱える政党のトップとなり、日本の「第三極の台風の目」とまで言われているという現象は、いまだかつてなかったことだ。
都構想については、また別の機会に書きたいと思うが、この計算力、突破力を思う存分発揮して、大阪を蘇らせてほしい。
