第一話【偶然の産物】

第二話【再会がもたらすもの】 作/諒  Produced by 江彰 透

第三話【約束】

第四話【意固地】 作/諒  Produced by 江彰 透

第五話 【心の扉】

第六話 【本当の心】 作/諒 

第七話 【タンパク】









年が明けた…
昨年の忘年会の後、先輩に初メールを送ってから、頑なだった私の心の殻にはヒビが入りうっすらと外界の光が入り込もうとしていた。
まだ、完全に殻が砕け散った訳じゃなかった。
でも、先輩との再会によって私は少しずつ、本来の自分と向き合おうとしていた。


元日の朝から私の携帯のメールは、ひっきりなしに着信音を奏でている。
メールBOXを開くとママを始め常連客からの年始の挨拶と、飲み友達からの飲み会の誘い。その中に先輩からのメールが紛れ込んでいた。


『新年おめでとう!』


あっさりした先輩のメールに、まるで先輩が近所からメールをしてきているかのような錯覚に囚われ、思わず『地元に帰ってきてるの?』とメールを送ってしまった。
直ぐ様『東京だよ』の先輩のメールに少し落胆しながら『そっか』と送信。
交辞令のメールにはそれなりの言葉を用意出来るのだが、個人的なメールにはあまり感情移入しない。感情を込めるのは会って話をする時だけ…
それも付き合い下手の私には、特定の人だけに限られるのだけど。


だけど、そんな内容のメールでも何だかウキウキしている私がいた。
内容なんて大したことなくても、気に掛けてくれている人がいると想うだけで嬉しくなった。「繋がってる」とまではいかないけれど、「繋がりがある」と感じれる相手が出来たことだけでも私には進歩だった。


だからだろうか…
何故だか、先輩とのやり取りは蓋をしてきた私の思い出をつついてくる。
それは私達を捨てて、女と駆け落ちした彼との想い出…


別れた主人と私は小学校こそ違えど、中学・高校と同級生だった。卒業した後の同窓会の時から恋愛に発展して、【同級生】というブランドなのか安心できた。


しかし、そんな楽しかった彼との日々も終りを告げた。
私が男性に対して、そして恋愛に対して免疫がないのは、ずっと彼だけしか知らない女だったからだ。
だから、小料理屋でバイトを始めて、興味本位で近付いてくる男性には、どうしても距離を置いてしまう。飲み友達になるのだって相当、時間が掛かる。
私が心を開いていたのは、本当に彼だけだった。
この殻にヒビが入るまでは――


年が明けたら慌ただしく日常が過ぎていった。
先輩からのメールもなく、私からもメールを送ることはなかった。
そして二月に帰省のメール。


『……土曜日に帰るよ 美恵ちゃん 火木土だよね』


私が月水金と知ってての惚けたメール、でもそう言いながら金曜には予定をやりくりして来てくれていた。そう言えば二月は関西地方は大雪、交通もややマヒ状態、店も開けるか開けないか?私も出勤できるかどうか? 私はあきらめの中…


ママとの電話で一言『たっしゃん来るんやろ 開けんで』


雪積もる道の中先輩も大変なのに暖簾をくぐってくれた。


『すごいな こっち!』


大雪の中からの素振りも見せず、また遠方からの億尾も見せず。


春が近づくと店のお花見会が開催される。
「たっしゃんも誘ってや!」のママの言葉に、私はいそいそと先輩に案内メールを送った。
先輩も忙しいのか、メールの返信は2日後で『ごめんなさい』と一言送られてきた。


『体、気ぃつけてね!』


先輩が気遣いをしないように返事はあっさりで…私はいつも、一言しか送らなかった。
それがいいのかは分からない。ただ、長々とメールを打つのは、自分の性分にも合わなかったし、話は会った時に出来ればいいと思っていた。
先輩とは会って話をする方が、私らしさを伝えられるような気がしていたから…


その後は先輩から十月に帰省メール、この時も私の当番の日に寄ってくれていたけど、土曜に藤枝さんと親友さんとの会食が脳裏にこびりついていて、無理強い日程の記憶は薄れていた。


そのあとは忘年会。先輩の都合がつかずに『ごめんなさい』の返信メール。
それでも、『体、気ぃつけてね』の労いの言葉だけは忘れずに送る。
『あんたも気を付けてね』先輩からのメールには必ずこの言葉が付いてきた。
私は何故か先輩のこの言葉に、数少ないメールではあったが安心を貰っていた気がする。


そして、毎年恒例の店の忘年会も終わり、私は一年の時の速さを噛み締めた。
昨年の忘年会からもう一年…先輩と最後に会って一年が経過していた。
若い頃の一年はやけに長く感じて、一年前なんて遠い昔のことのように感じていたが、年をとってからの一年はやけに速く感じる。先輩と会わなかった一年も、何だか昨日の事のようにも感じられた。


そんな想いに耽っていたところに、先輩から突然メールが入った。


『忘年会はごめんね、29日名古屋経由で30日から大阪で新年2日は東京に帰るけど、あんたはいつまで?』


年の瀬に来た先輩のメールに、私は会えなかった残念さもあったからか、何時もなら見せない我侭を少しだけ込めてメールを返信。


『忘年会ママさびしがってたよ! 店は29日で、私は28日だよ んー 日が合わないじゃないですか? なんとか来てください!』


『そうやな、あんたに会わんと、年越されへんな!』

『そうですよ 今年は二月いらいですよ』

『あほ! この前十月会ったやろ! そやけどもう少し会わなあかんかな?』


先輩の心地よいツッコミに勘違いしていた脳裏も洗われていた。


『28日に早めに仕事切り上げて、大阪行くで!』
先輩の朗報メールは前日の深夜に送られてきて、寝惚け眼で『了解!』とだけ送っていた。
朝になって夢ではなかったことを確認すると、私は朝から上機嫌になっていた。朝食を一緒に摂っていた娘たちにも気味悪がられるほどに…
心穏やかに先輩と会える時間までを過ごそうと思っていたが、年末とあってやることはたくさんあった。家の大掃除をしながら、気付いた時にはもうお店に出る時間が迫っていて、化粧もそこそこに家を出る羽目になってしまった。


店に着くとママが大慌てで厨房を仕切っていた。急に近所の会社の忘年会が入ったとのことで、カウンターに15人分の準備が施されようとしている。私はまた、化粧もする暇もなく忙しさに身を委ね、いつ来るか分からない先輩の姿を頭に思い描いていた。


「もう たっしゃん 久しぶりやないの!」


ママの威勢のいい声に厨房で準備をしていた私の胸がドキンとなった。すぐに顔を見せることは避け、ママと先輩が談笑している合間にカウンターに顔を出した。
ちょうど先輩がお土産のマフラーを取り出しているところで、私にはベージュのマフラーが配られた。


「…ほんで、ミエちゃんは腹黒いからベージュ」


ママや初枝ちゃんにはいいこと言っておきながら、私には憎まれ口を叩く先輩を私は軽く睨んだ。先輩はそんなことはお構いなしでママに「ほんまこいつ たまにメールするけど 返信は一言やで」と嫌味を言った。私が反論する間もなく、ママまで参戦してカウンターは笑いの渦になった。
久しぶりの先輩の笑顔に安堵しながら、怒ることも忘れて私も一緒に笑っていた。


忘年会が始まるまでの間、先輩から持病のこと、仕事が多忙を極めていることを聞かされた。店の花見の時は入院していたことを知らされ、言葉を失った。知らなかったとは言え、シングルの先輩が大変な時期を過ごしてきたのかと思うと、いつも明るい先輩が寂しそうに見えてくる。
私は思わず「先輩、寂しいの?」と聞いてしまった。


「寂しないよ。もう慣れてるわ」


その言葉が余計に寂しく感じて、わざとのように何度か先輩に同じことを聞いてしまった。最後の方は呆れられていたようだが、先輩の寂しさを払拭したい想いが私にそうさせていた。


その後は会社の忘年会にと続々と人が集まり、店は賑わいをみせる。先輩もいつの間にか忘年会の仲間に入って、盛り上がり始めていた。
ふと、先輩を見て思う。
この人は本当に人が好きなんだな…と。
誰とでも分け隔てなく接する姿に、学生の頃の先輩の姿を重ねて見ていた。


そろそろ、先輩の終電の時間が近付いてきた。店に寄ってくれる為にスケジュールを変更して明日、名古屋に向かうという。新大阪まで行く為には終電に間に合わなければ、明日のスケジュールはおじゃんになってしまう。


「元旦はどうしてんの?」


押し迫った時間の中で、私は先輩に今後のスケジュールを尋ねた。


「うーん たぶん寝正月やで あぁ ところで元旦、俺誕生日やで」

「え~ そうなんや そやけど 元旦生まれって 変わりもんおおいやろ!」


ついついツッコミを入れたくなるのは、先輩に少しずつ心を開いている表れでもあった。
「ほっとけ あほ!」と返されながらも先輩から初詣の誘いを受けた。しかし、初詣は二日に姉と行くのが恒例になっていて仕方なしに断りを入れる。


「そやったら ご飯でもどうや」


この言葉に家の近くに出来たお好み焼き屋を思い浮かべた。ただ、元旦から営業してるのかが分からなかったが、私は既に行く気でいた。
しかし、先輩の時間はタイムリミットを迎えた。
急遽、スケジュール変更してくれた先輩は疲れもあったからか、何時もより酔いが回るのも早く、かなりの千鳥足だった。
店を出ていく姿にふと、不安が過ぎる。春に入院していたと先輩が言っていたことを思い出して、私は厨房から店先まで追い掛けていた。たださっそうとフラつきながらも暖簾を後にしていた。私の中の不安が消えなかったのだった。


次の日、先輩の姿に不安もあり、マフラーのお礼も兼ねメールを送った。

『ご馳走までした ちゃんとホテルに帰れましたか? マフラーさっそく使ってます ありがとう』

『うんうん こちらこそ 良いお年を』


直ぐ様、返ってきた先輩からのメールにホッと安堵の溜め息が零れる。安心ついでに、元旦の約束が尻切れトンボになっていたのを思い出し、『本当に ご飯いきます?』と念押しのメールを送る。


『うん お願いします』


先輩から届いたメールに再び安堵し、私は数日後の約束を心待ちにしていた。
先輩の元気な姿を思い浮かべながら、暖かい気持ちで慌ただしい年末を過ごしたのだった。





作/諒 Produce by 江彰 透


第九話