【第一話】 ふと耳にして


時計の針は、もうすぐ、夜の十時を指そうとしていた。


そろそろ、切り上げようかと思いながら、フロアーを眺めてみると。

昼間は、手狭になったなって感じていたけど、

こうして観てみると今のフロアーでも、十分動線もとれて、まんざらでもないなって感じた。

ってゆうのも。

先月に、管理部門と役員は、自社ビルから、程近い雑居ビルに移転してきた。

自社ビル七階建の六階と七階を賃貸して、

この不況を、なんとか乗り切ろうと役員会で決定したためで。

当初は、管理部門だけだったけど、社員の危機感を刺激するのに。

役員5名も陣頭にたち、また自粛の意味も兼ねて移転してきた。

営業本部役員は、役員室から自社ビルの各部署フロアーに。

こっちの雑居ビルフロアには、社長と専務そして、

僕の直属の管理本部長役員が、同フロアで席を共にしている。

管理部門は、僕を含めて総務・財務・経理で総勢十七人、

そして役員の三名を加えて人数は二十人。

以前と違い手狭になったからで。


そんなことを考えながら。

「さあ 片付けよう」

切り上げる準備をしてると。

奥のフロアーから、バタバタ足音が聞こえてくる。

「あぁ! 副本部長 お疲れ様です」

総務の林君と三日月さんが、

この時間に僕が残っていたので、驚いたようで、声高に挨拶してくる。

「遅くまで お疲れさん」

「あ! はい」

管理部門は、法改正で四半期が義務づけられてから、

息つく間もなく部署の負担は、

年二回決算時代から比べてみると事務量が増大した。


「林君に三日月さん! 残業食ご馳走しようか?」

贔屓になるけど、たまにはいいかと思いながら声をかけてみる。

「はい」

二人とも、夜も更けてるフロアで、朝一番の声のように返ってきた。


「総務はあと誰か残ってる?」

「はい 係長が」

「そっか じゃ 戸閉まりは いいな」

「はい」

いち早く行きたそうに、三日月さんが、笑みを浮かべながら返答してきた。


こうして、ビルから駅までの通勤路にあるレストランバーで会食をした。

ただ、遅い時間からの会食だったこともあり、

同部署での話の華が咲いたが、

時間の過ぎるのもはやかった。


「三日月さん 電車大丈夫?」

腕時計を見ながら声をかける。

「あぁ 副本部長 失礼していいですか?」

「うん いいよ 気をつけて」

三日月さんは、慌しく店を後にした。

「林君は?」

「はい もう少し 大丈夫です」

「そっか じゃ もう少し飲むか!」

「はい!」 

「すいません」

林君が店員を呼ぶ。


入店して一時間ぐらいしか経ってないから、

少し時間のスピードがスローになったような気がした。

店は遅い時間だけど、見渡すとほぼ満員。

あまり広くもないことから、席の間隔も近い。

あっちこっちの席から、話し声が空耳のように聴こえてくる。

そんな中、横の席の女性二人連れの会話が入ってきた。


「ねえ! ミキの旦那さんって 初恋だよね」

「うん! 中学、高校って一緒だよ!」

「だから、えぇと、もう22年になるよ!」


「初恋かぁ!」

ふと耳にした会話から、こころの中でつぶやいた。

そして

あの初恋の時代に吸い寄せられていく。