最終話  「ふたたび、そして、永遠に・・・」

 

 美子が最後の実習に出かけようとしている。

「美子」: お母さん、行ってくるね。

「美子」: 遅くなるけど、晩餐楽しみにしてるね。

「母」: はーい。気をつけていってらっしゃい。

「美子」: いってきまーす。

 こうして、学校最後の実習にでかける。

 

 そして、日がすっかり落ち、母が晩餐の支度で手がはせないときに、父が帰ってくる。

「父」: ただいま。

「母」: ごめん、お父さん。手がはせなくて!

「父」: いい、いい。今日はご馳走みたいだな?

「母」: 美子、今日最後の実習なの。

「父」: そうか、やっとだな!

 そのとき、玄関脇の電話がなる。

「母」: ごめん、お父さん、出てくれる?

「父」: はいよ。

 しばらく、話し込んでいた父が炊事場に、神妙な顔して、戻ってくる。

「父」: かあさん、大変だ! 美子が実習中に倒れたって!

「母」: ええー。

 こうして、両親は病院にとり急いで駆けつける。

 そして、担当医の部屋で容態を聞く。

「父」: 先生、娘はどうなんですか?

「担当医」: どうも、腸あたりにしこりがあるみたいです。

「担当医」: 以前にここで、入院された時のカルテを拝見しましたが。

「担当医」: どうも、再発して転移した可能性があります。

「担当医」: 再発した場合は、極めて再手術がむずかしいと、お聞きになっていたと思うんですが?

「父・母」: はい・・・ 当時の主治医からうかがっています。

「担当医」: もうすこし精密に検査して、お嬢さんの体調次第では、手術のほどこしようもあるので。

「父・母」: 先生! なんとかお願いします。

「担当医」: はい。

「母」: 先生! 娘は病気の再発に気がついているんでしょうか?

「担当医」: お嬢さんは、この春からは、看護婦としてやっていくぐらいですから。

「担当医」: 病気全般の専門知識は、十分理解しているでしょう。

「担当医」: ただ、自分の病気に、気がついているかどうかは、なんとも・・・

「担当医」: 本人に悲観的なことだけはくれぐれも、手術で治る可能性がありますから。

「父・母」: はい!

 容態を聞いた両親は美子の病室へ。

「美子」: おとうさん!おかあさん!

「美子」: ごめんね、心配かけて・・・

「母」: もうー! ほんとにびくりしちゃった。

「父」: 美子! 患者になることが最後の実習だろ?

「美子」: うん・・・

「父」: 美子!患者の実習はやく終えて、夢の看護婦の白衣着ないとね。

「美子」: うん。はやく治して、白衣着るね。

「母」: そうよ、美子!

「母」: あっ、そうそう、出かけしなに、知美ちゃんから電話あって、倒れたことだけは話したら。

「母」: すぐに、駆けつけるって。 断ろうか?

「美子」: ううん! 今は治まったから大丈夫。それに退屈だし!

「母」: そう?

「父」: まあ、いいじゃないか?かあさん!

「母」: は、はい!

 病院のロビーで、駆けつけていた広瀬が駆け寄ってくる。

「広瀬」: おばさん! 美子倒れたって?

「母」: うん・・・ 今は症状おちついているんだけど。

「母」: どうも、小さいときの病気が再発したみたいで・・・

「広瀬」: じゃ、また手術してしばらく入院するの?

「母」: ・・・

「広瀬」: おばさん! ちゃんと教えてよ?

「母」: うん。しばらくは手術はむずかしくて、でも手術できるように処置していくって。

「広瀬」: ええー。 そんなに重いの?

「母」: 知美ちゃん! 美子はまだ知らないからね!

「広瀬」: うん。わかった!

 広瀬が病室に向かう。

「広瀬」: 美子! 大丈夫?

「美子」: うん。ちょっと横腹が痛くて倒れちゃった。

「美子」: この前もおかあさんから、ちゃんと診てもらいなさいって、言われてたんだけど。

「広瀬」: もうー! 

「美子」: ごめん、心配かけて。

「広瀬」: ところで、高嶺君に伝えたの?

「美子」: ううん。それが淳とは・・・

「広瀬」: それがって?

「美子」: 看護婦に専念するために、別れたの・・・

「広瀬」: ええー! まじ? どうして?

「広瀬」: 美子! 高嶺君のおかげで、看護の勉強もがんばれるって言ってたじゃないの?

「美子」: 知美! お願い! このことは淳には言わないで・・・

「広瀬」: 美子! あなたもしかして・・・

「美子」: ・・・

「広瀬」: ・・・

 広瀬はいたたまれず、「また来るね」って言って、部屋を後にした。

 広瀬は病院のロビーで、一人たたずみ、美子の心情を思い浮かべていた。

 美子は自分の運命に気がついて、淳を思うからこそ。

 愛しの淳を遠ざけ、そして別れたのではと想像していた。

 

 しばらく経ったある日、美子の母から広瀬に、症状は落ちついているけど。

 美子に覇気がないと聞き、見舞いにやってきた。

「広瀬」: 美子! どう調子は?

「美子」: う、うん・・・

「広瀬」: そんなことだと、いつまでもたってもだめだよ!

「広瀬」: 美子! ちゃんと素直になってごらん!

「美子」: うん。

「広瀬」: 私に頼みごとあるでしょう?

「美子」: うん。

「広瀬」: 高校時代に私がチョコ渡してあげるっていったのに。

「広瀬」: 美子は拒んで・・・

「広瀬」: 今度は、美子からだよ?

「美子」: 知美!

「広瀬」: うん。

「美子」: わたし、やっぱり淳と別れたくない!

「美子」: 淳に逢いたい・・・

「広瀬」: うん。

 こうして、広瀬はその日のうちに淳に会いにいき、美子の事情を話した。

 淳は、時間を惜しむかのように、驚くことすら忘れて美子のもとへ。

「淳」: 浅井せんぱーい! どうしたんですか? こんなところで寝泊りして?

「美子」: 淳!

 こうして、淳は来る日も来る日も美子のもとへ。

 三月の入院から数えて、春・・・、夏・・・、と季節は流れ、九月の初旬には。

 ようやく美子の症状も、回復の兆しがみえはじめた・・・

 

 しかし。

 九月の二十九日の朝。

 病院の担当医から。

 危ない状態だと。

 両親のもとに連絡が入り。

 病院に駆けつける。

 そして、数時間付き添っていた。

「父」: 美子! とうさんらは、そろそろ家に帰るからね。

 父は帰るわけではないのに、美子の生命力に叱咤激励する。

「美子」: うん。もうすぐ、定番の淳が来るから!

「美子」: おとうさん! おかあさん! 毎日ごめんね・・・

「母」: 謝るまえに、がんばんなさいよ・・・

「母」: おとうさんも、毎日たいへんなんだから!

「美子」: はーい。

「父・母」: 美子! またね。

 両親がロビーに向かうと。

 淳がソファに腰掛けていた。

「父」: 淳君いつ来たの?

「淳」: おかあさんから連絡入ってすぐに。

「母」: えー! ずっとここに?

「淳」: は、はい。

「父・母」: ・・・

 

 両親は担当医からの容態を淳に説明する。

 気を取り直して、淳は病室へ・・・

「淳」: よっこ、どう?

「美子」: うん。だいじょうぶだよ!

「淳」: あはは! よっこのだいじょうぶは、あてにならないからね。

「淳」: 高校のときに、介抱したとき、最初はだいじょうぶって。

「美子」: でも、あの時から比べたら素直になったでしょう?

「淳」: まだまだ。

「美子」: でもね、男の子にあまえたの、あの時がはじめてなんだよ!

「淳」: うん。 光栄です。

「美子」: わたしね、夢は看護婦って・・・

「淳」: うん。

「美子」: この前ね、おかあさんに幼稚園の卒業アルバムもってきたもらったの。

「美子」: わたしの寄せ書き見直したら。

「淳」: うんうん。

「美子」: わたしのゆめは

「美子」: 「わたしは、つよがりだけど、あまえれる男の子のおよめさんになることです」

「美子」: って書いていたの・・・

「淳」: うん。

「淳」: よっこ!

「美子」: うん。

「淳」: よっこの夢かなえてあげるよ!

「美子」: ほんと?

「淳」: うん。仮は今からね、本格結婚式は、よっこの幼稚園で、退院したらね!

「美子」: うん。

「淳」: じゃいくよ。

「美子」: うん。

「淳」: あなたは、高嶺淳を夫として一生添え続けることを誓いますか?

「美子」: はい。誓います。

「美子」: つぎは、わたしね

「淳」: うん。

「美子」: あなたは、浅井美子を妻として、一生添え続けることを誓いますか?

「淳」: はい。誓います。誓います。

「美子」: もう! 誓いますは一回でいいの!

「淳」: はい! 誓います。

「美子」: あはは!

 

 しばらく、二人は手を携えて、うとうとしていた。

 数時間なのか、数分なのか時はながれて、よっこが語りかける。

「美子」: 淳! 

「淳」: うん。

「美子」: 淳と出会えてよかった。それとね、私をあまえさせてくれて。

「淳」: 俺のほうこそ、よっこと出会えてよかったよ。  

「美子」: 淳! 私の夢をありがとう。

「美子」: すごーく。 しあわせ。

「淳」: 俺も、しあわせだよ。

「美子」: ありがとう。 

「美子」: 淳。

「美子」: 淳・・・

「淳」: んー!

「美子」: ・・・

「淳」: よっこ!

「美子」: ・・・・・・

「淳」: おい! よっこ!

「美子」: ・・・・・・・・・

「淳」: よっこおぉぉぉ・・・

「美子」: ・・・・・・・・・・・・


 美子は淳ってゆう夢をかなえて、永遠の旅にでかけていった・・・


 


 美子の旅立ちから、一年が過ぎようしていた。

 淳の夢に、美子から、高校帰りのあの場所で待ってると・・・

 (よっこ!)

 

 (この場所に来たよ)

 (この一年は抜け殻のようだったよ)

 

 (あー、よっこの「ガンバレ」の想い出が甦ってくる)

 (そうか! わかったよ! )

 (二人の想い出は、これからの人生のために生かすよ)

 (これからは、想い出を糧にして生きていくからね)

 (がんばるからね)

 (よっこ!)




END




エピローグ 「あの時・・・」


 美子の旅たちから、数十年が過ぎ去ろうとしいた。

 

 美子の菩提寺で、淳が清水を汲もうとしていた。

 背中から、懐かしい声が、秋のそよ風と共に響いてくる。

「広美」: あれー、高嶺君?

「淳」: 知美先輩?

「知美」: ひさしぶりー!

 美子の墓の前で。

「知美」: 高嶺君。 じゃお先に参らせてもらうね。

「淳」: はい。 どうぞ。

「知美」: はい、高嶺君! どうぞ・・・

「知美」: じゃ、向こうで待ってるね。

「淳」: はい。

 菩提寺のベンチで。

「知美」: 偶然だね! 美子のところで会うなんて?

「淳」: そうですね。

「知美」: 私は、時々参りに来るんだけど。

「知美」: いつも、美子の墓前、きれいから、美子喜んでるだろうなって思ってたの。

「淳」: 僕も、月参りはしてたんだけど。

「淳」: いつも、きれいなって思ってたんですよ。

「淳」: 知美先輩も来てくれてたんですね?

「知美」: ううん。私なんて、時々だよ。

「知美」: 主人も、時々来てるみたいだけど?

「淳」: 井川先輩、お元気ですか?

「知美」: うん。元気にしてるよ。

「淳」: そうそう! 暑中見舞で、お孫さんできたって?

「知美」: うん! 二人とも五十代で、おじいちゃん、おばあちゃんになっちゃって。

「知美」: でも・・・ 高嶺君は、誰とも一緒にならなかったね・・・

「淳」: ううん!

「淳」: 結婚式は挙げなかったけど。

「淳」: すばらしい女性と、一緒になって。

「淳」: ずっと、しあわせだよ!

「知美」: うん! そうだったね・・・

 しばらく、肌寒い菩提寺のベンチが、温もりの神秘な風が漂っていた。

 何かを想いだしたように、広美が切り出す。

「知美」: 高嶺君?

「淳」: はい?

「知美」: ひとつだけ聞いていい?

「淳」: うん。どうぞ。

「知美」: 美子って! 自分の病気のこと、あのとき知ってたの?

「淳」: うん。

「淳」: 知っていたよ・・・

「知美」: やっぱり・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 あのときの二人の壮絶な闘病生活へ・・・

 淳は、毎日、天に操られたかのように、美子の病室へ足を運ぶ。

 ただ、何よりも美子の病室が癒しの場所でもあった。

「美子」: 淳! 毎日、看病ごめんね。

「淳」: ううん!

「淳」: そんなことより、はやく体調整えて、手術してもうらわないと?

「美子」: うん。

「美子」:ねえー!

「淳」: んー?

「美子」: 淳は、私の病気のこと、どう聞いてるの?

「淳」: どうって・・・

「淳」: 腸にしこりがあって。

「淳」: 手術で摘出したら、大丈夫って。

「美子」: うん・・・

 お互いの沈黙のなか、感極まって、美子がしゃべりだす。

「美子」: 淳! ありがとね!

「淳」: どうしたの?

「美子」: わたしね。

「淳」: うん。

「美子」: 看護の学校に入ったときに。

「美子」: 最初に、私の小さいときの病気のこと調べたの・・・

「淳」: ・・・

「美子」: すると、再発の可能性や、再発したときの、治る確率を・・・

「淳」: よっこ!

「美子」: 温泉旅行の後、痛みがひんぱんに出たとき、再発したかもって?

「美子」: それでね。

「淳」: うん。

「美子」: あのとき、淳にわざと、根をあげたの。

「美子」: 淳は、あのとき、身を引くこともわかってた。

「美子」: でも、お互い辛い思いをしないかなって・・・

「美子」: それでね、淳に、あんなこと言って、離れたの。

「淳」: よっこ! 大丈夫だよ!

「美子」: 淳! でも、別れることができなかった・・・

「美子」: 別れることを考えたことは、間違いだと思ってる。

「美子」: 淳にすごく、悪いことをしたと・・・

「美子」: だって、淳は私の病気のこと・・・

「美子」; 私を、毎日、こんなに応援してくれているのに・・・

「美子」: 淳! ごめんね。

「美子」: ほんとうに、ごめんね。

「淳」: よっこ!

「淳」: よっこは、僕にとって、よっこって存在が支えなんだよ。

「淳」: だから、よっこをそんなに苦悩させた、俺が悪いんだよ。

「美子」: 淳!

「淳」: うん。

「美子」: 私、がんばるからね。

「美子」: 見守ってね!

「淳」: うん。与えられた運命、ふたりでがんばろう。

「淳」: よっこのこと、しっかり見守ってあげるから。

「美子」: 淳! 我慢できないとき、あまえていい?

「淳」: もちろん。

「淳」: よっこ!

「美子」: うん。 

 ようやく、美子の病状も、回復の兆しがみえはじめた・・・

 がしかし・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 美子の菩提寺で。

「じゃぁ、 知美先輩、また」

「うん、高嶺君! 今度また四人で温泉行こうね?」

「そうですね」

「よっこ! 聞いてる?」

「怖くない井川先輩の運転だって?」

(うん! いくいく・・・)


 淳と、知美は、秋が深まっていく空を、美子の笑顔が写ってるかのように、見上げていた・・・



END