最終話 「ふたたび、そして、永遠に・・・」
美子が最後の実習に出かけようとしている。
「美子」: お母さん、行ってくるね。
「美子」: 遅くなるけど、晩餐楽しみにしてるね。
「母」: はーい。気をつけていってらっしゃい。
「美子」: いってきまーす。
こうして、学校最後の実習にでかける。
そして、日がすっかり落ち、母が晩餐の支度で手がはせないときに、父が帰ってくる。
「父」: ただいま。
「母」: ごめん、お父さん。手がはせなくて!
「父」: いい、いい。今日はご馳走みたいだな?
「母」: 美子、今日最後の実習なの。
「父」: そうか、やっとだな!
そのとき、玄関脇の電話がなる。
「母」: ごめん、お父さん、出てくれる?
「父」: はいよ。
しばらく、話し込んでいた父が炊事場に、神妙な顔して、戻ってくる。
「父」: かあさん、大変だ! 美子が実習中に倒れたって!
「母」: ええー。
こうして、両親は病院にとり急いで駆けつける。
そして、担当医の部屋で容態を聞く。
「父」: 先生、娘はどうなんですか?
「担当医」: どうも、腸あたりにしこりがあるみたいです。
「担当医」: 以前にここで、入院された時のカルテを拝見しましたが。
「担当医」: どうも、再発して転移した可能性があります。
「担当医」: 再発した場合は、極めて再手術がむずかしいと、お聞きになっていたと思うんですが?
「父・母」: はい・・・ 当時の主治医からうかがっています。
「担当医」: もうすこし精密に検査して、お嬢さんの体調次第では、手術のほどこしようもあるので。
「父・母」: 先生! なんとかお願いします。
「担当医」: はい。
「母」: 先生! 娘は病気の再発に気がついているんでしょうか?
「担当医」: お嬢さんは、この春からは、看護婦としてやっていくぐらいですから。
「担当医」: 病気全般の専門知識は、十分理解しているでしょう。
「担当医」: ただ、自分の病気に、気がついているかどうかは、なんとも・・・
「担当医」: 本人に悲観的なことだけはくれぐれも、手術で治る可能性がありますから。
「父・母」: はい!
容態を聞いた両親は美子の病室へ。
「美子」: おとうさん!おかあさん!
「美子」: ごめんね、心配かけて・・・
「母」: もうー! ほんとにびくりしちゃった。
「父」: 美子! 患者になることが最後の実習だろ?
「美子」: うん・・・
「父」: 美子!患者の実習はやく終えて、夢の看護婦の白衣着ないとね。
「美子」: うん。はやく治して、白衣着るね。
「母」: そうよ、美子!
「母」: あっ、そうそう、出かけしなに、知美ちゃんから電話あって、倒れたことだけは話したら。
「母」: すぐに、駆けつけるって。 断ろうか?
「美子」: ううん! 今は治まったから大丈夫。それに退屈だし!
「母」: そう?
「父」: まあ、いいじゃないか?かあさん!
「母」: は、はい!
病院のロビーで、駆けつけていた広瀬が駆け寄ってくる。
「広瀬」: おばさん! 美子倒れたって?
「母」: うん・・・ 今は症状おちついているんだけど。
「母」: どうも、小さいときの病気が再発したみたいで・・・
「広瀬」: じゃ、また手術してしばらく入院するの?
「母」: ・・・
「広瀬」: おばさん! ちゃんと教えてよ?
「母」: うん。しばらくは手術はむずかしくて、でも手術できるように処置していくって。
「広瀬」: ええー。 そんなに重いの?
「母」: 知美ちゃん! 美子はまだ知らないからね!
「広瀬」: うん。わかった!
広瀬が病室に向かう。
「広瀬」: 美子! 大丈夫?
「美子」: うん。ちょっと横腹が痛くて倒れちゃった。
「美子」: この前もおかあさんから、ちゃんと診てもらいなさいって、言われてたんだけど。
「広瀬」: もうー!
「美子」: ごめん、心配かけて。
「広瀬」: ところで、高嶺君に伝えたの?
「美子」: ううん。それが淳とは・・・
「広瀬」: それがって?
「美子」: 看護婦に専念するために、別れたの・・・
「広瀬」: ええー! まじ? どうして?
「広瀬」: 美子! 高嶺君のおかげで、看護の勉強もがんばれるって言ってたじゃないの?
「美子」: 知美! お願い! このことは淳には言わないで・・・
「広瀬」: 美子! あなたもしかして・・・
「美子」: ・・・
「広瀬」: ・・・
広瀬はいたたまれず、「また来るね」って言って、部屋を後にした。
広瀬は病院のロビーで、一人たたずみ、美子の心情を思い浮かべていた。
美子は自分の運命に気がついて、淳を思うからこそ。
愛しの淳を遠ざけ、そして別れたのではと想像していた。
しばらく経ったある日、美子の母から広瀬に、症状は落ちついているけど。
美子に覇気がないと聞き、見舞いにやってきた。
「広瀬」: 美子! どう調子は?
「美子」: う、うん・・・
「広瀬」: そんなことだと、いつまでもたってもだめだよ!
「広瀬」: 美子! ちゃんと素直になってごらん!
「美子」: うん。
「広瀬」: 私に頼みごとあるでしょう?
「美子」: うん。
「広瀬」: 高校時代に私がチョコ渡してあげるっていったのに。
「広瀬」: 美子は拒んで・・・
「広瀬」: 今度は、美子からだよ?
「美子」: 知美!
「広瀬」: うん。
「美子」: わたし、やっぱり淳と別れたくない!
「美子」: 淳に逢いたい・・・
「広瀬」: うん。
こうして、広瀬はその日のうちに淳に会いにいき、美子の事情を話した。
淳は、時間を惜しむかのように、驚くことすら忘れて美子のもとへ。
「淳」: 浅井せんぱーい! どうしたんですか? こんなところで寝泊りして?
「美子」: 淳!
こうして、淳は来る日も来る日も美子のもとへ。
三月の入院から数えて、春・・・、夏・・・、と季節は流れ、九月の初旬には。
ようやく美子の症状も、回復の兆しがみえはじめた・・・
しかし。
九月の二十九日の朝。
病院の担当医から。
危ない状態だと。
両親のもとに連絡が入り。
病院に駆けつける。
そして、数時間付き添っていた。
「父」: 美子! とうさんらは、そろそろ家に帰るからね。
父は帰るわけではないのに、美子の生命力に叱咤激励する。
「美子」: うん。もうすぐ、定番の淳が来るから!
「美子」: おとうさん! おかあさん! 毎日ごめんね・・・
「母」: 謝るまえに、がんばんなさいよ・・・
「母」: おとうさんも、毎日たいへんなんだから!
「美子」: はーい。
「父・母」: 美子! またね。
両親がロビーに向かうと。
淳がソファに腰掛けていた。
「父」: 淳君いつ来たの?
「淳」: おかあさんから連絡入ってすぐに。
「母」: えー! ずっとここに?
「淳」: は、はい。
「父・母」: ・・・
両親は担当医からの容態を淳に説明する。
気を取り直して、淳は病室へ・・・
「淳」: よっこ、どう?
「美子」: うん。だいじょうぶだよ!
「淳」: あはは! よっこのだいじょうぶは、あてにならないからね。
「淳」: 高校のときに、介抱したとき、最初はだいじょうぶって。
「美子」: でも、あの時から比べたら素直になったでしょう?
「淳」: まだまだ。
「美子」: でもね、男の子にあまえたの、あの時がはじめてなんだよ!
「淳」: うん。 光栄です。
「美子」: わたしね、夢は看護婦って・・・
「淳」: うん。
「美子」: この前ね、おかあさんに幼稚園の卒業アルバムもってきたもらったの。
「美子」: わたしの寄せ書き見直したら。
「淳」: うんうん。
「美子」: わたしのゆめは
「美子」: 「わたしは、つよがりだけど、あまえれる男の子のおよめさんになることです」
「美子」: って書いていたの・・・
「淳」: うん。
「淳」: よっこ!
「美子」: うん。
「淳」: よっこの夢かなえてあげるよ!
「美子」: ほんと?
「淳」: うん。仮は今からね、本格結婚式は、よっこの幼稚園で、退院したらね!
「美子」: うん。
「淳」: じゃいくよ。
「美子」: うん。
「淳」: あなたは、高嶺淳を夫として一生添え続けることを誓いますか?
「美子」: はい。誓います。
「美子」: つぎは、わたしね
「淳」: うん。
「美子」: あなたは、浅井美子を妻として、一生添え続けることを誓いますか?
「淳」: はい。誓います。誓います。
「美子」: もう! 誓いますは一回でいいの!
「淳」: はい! 誓います。
「美子」: あはは!
しばらく、二人は手を携えて、うとうとしていた。
数時間なのか、数分なのか時はながれて、よっこが語りかける。
「美子」: 淳!
「淳」: うん。
「美子」: 淳と出会えてよかった。それとね、私をあまえさせてくれて。
「淳」: 俺のほうこそ、よっこと出会えてよかったよ。
「美子」: 淳! 私の夢をありがとう。
「美子」: すごーく。 しあわせ。
「淳」: 俺も、しあわせだよ。
「美子」: ありがとう。
「美子」: 淳。
「美子」: 淳・・・
「淳」: んー!
「美子」: ・・・
「淳」: よっこ!
「美子」: ・・・・・・
「淳」: おい! よっこ!
「美子」: ・・・・・・・・・
「淳」: よっこおぉぉぉ・・・
「美子」: ・・・・・・・・・・・・
美子は淳ってゆう夢をかなえて、永遠の旅にでかけていった・・・
美子の旅立ちから、一年が過ぎようしていた。
淳の夢に、美子から、高校帰りのあの場所で待ってると・・・
(よっこ!)
(この場所に来たよ)
(この一年は抜け殻のようだったよ)
(あー、よっこの「ガンバレ」の想い出が甦ってくる)
(そうか! わかったよ! )
(二人の想い出は、これからの人生のために生かすよ)
(これからは、想い出を糧にして生きていくからね)
(がんばるからね)
(よっこ!)
END
エピローグ 「あの時・・・」
美子の旅たちから、数十年が過ぎ去ろうとしいた。
美子の菩提寺で、淳が清水を汲もうとしていた。
背中から、懐かしい声が、秋のそよ風と共に響いてくる。
「広美」: あれー、高嶺君?
「淳」: 知美先輩?
「知美」: ひさしぶりー!
美子の墓の前で。
「知美」: 高嶺君。 じゃお先に参らせてもらうね。
「淳」: はい。 どうぞ。
「知美」: はい、高嶺君! どうぞ・・・
「知美」: じゃ、向こうで待ってるね。
「淳」: はい。
菩提寺のベンチで。
「知美」: 偶然だね! 美子のところで会うなんて?
「淳」: そうですね。
「知美」: 私は、時々参りに来るんだけど。
「知美」: いつも、美子の墓前、きれいから、美子喜んでるだろうなって思ってたの。
「淳」: 僕も、月参りはしてたんだけど。
「淳」: いつも、きれいなって思ってたんですよ。
「淳」: 知美先輩も来てくれてたんですね?
「知美」: ううん。私なんて、時々だよ。
「知美」: 主人も、時々来てるみたいだけど?
「淳」: 井川先輩、お元気ですか?
「知美」: うん。元気にしてるよ。
「淳」: そうそう! 暑中見舞で、お孫さんできたって?
「知美」: うん! 二人とも五十代で、おじいちゃん、おばあちゃんになっちゃって。
「知美」: でも・・・ 高嶺君は、誰とも一緒にならなかったね・・・
「淳」: ううん!
「淳」: 結婚式は挙げなかったけど。
「淳」: すばらしい女性と、一緒になって。
「淳」: ずっと、しあわせだよ!
「知美」: うん! そうだったね・・・
しばらく、肌寒い菩提寺のベンチが、温もりの神秘な風が漂っていた。
何かを想いだしたように、広美が切り出す。
「知美」: 高嶺君?
「淳」: はい?
「知美」: ひとつだけ聞いていい?
「淳」: うん。どうぞ。
「知美」: 美子って! 自分の病気のこと、あのとき知ってたの?
「淳」: うん。
「淳」: 知っていたよ・・・
「知美」: やっぱり・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あのときの二人の壮絶な闘病生活へ・・・
淳は、毎日、天に操られたかのように、美子の病室へ足を運ぶ。
ただ、何よりも美子の病室が癒しの場所でもあった。
「美子」: 淳! 毎日、看病ごめんね。
「淳」: ううん!
「淳」: そんなことより、はやく体調整えて、手術してもうらわないと?
「美子」: うん。
「美子」:ねえー!
「淳」: んー?
「美子」: 淳は、私の病気のこと、どう聞いてるの?
「淳」: どうって・・・
「淳」: 腸にしこりがあって。
「淳」: 手術で摘出したら、大丈夫って。
「美子」: うん・・・
お互いの沈黙のなか、感極まって、美子がしゃべりだす。
「美子」: 淳! ありがとね!
「淳」: どうしたの?
「美子」: わたしね。
「淳」: うん。
「美子」: 看護の学校に入ったときに。
「美子」: 最初に、私の小さいときの病気のこと調べたの・・・
「淳」: ・・・
「美子」: すると、再発の可能性や、再発したときの、治る確率を・・・
「淳」: よっこ!
「美子」: 温泉旅行の後、痛みがひんぱんに出たとき、再発したかもって?
「美子」: それでね。
「淳」: うん。
「美子」: あのとき、淳にわざと、根をあげたの。
「美子」: 淳は、あのとき、身を引くこともわかってた。
「美子」: でも、お互い辛い思いをしないかなって・・・
「美子」: それでね、淳に、あんなこと言って、離れたの。
「淳」: よっこ! 大丈夫だよ!
「美子」: 淳! でも、別れることができなかった・・・
「美子」: 別れることを考えたことは、間違いだと思ってる。
「美子」: 淳にすごく、悪いことをしたと・・・
「美子」: だって、淳は私の病気のこと・・・
「美子」; 私を、毎日、こんなに応援してくれているのに・・・
「美子」: 淳! ごめんね。
「美子」: ほんとうに、ごめんね。
「淳」: よっこ!
「淳」: よっこは、僕にとって、よっこって存在が支えなんだよ。
「淳」: だから、よっこをそんなに苦悩させた、俺が悪いんだよ。
「美子」: 淳!
「淳」: うん。
「美子」: 私、がんばるからね。
「美子」: 見守ってね!
「淳」: うん。与えられた運命、ふたりでがんばろう。
「淳」: よっこのこと、しっかり見守ってあげるから。
「美子」: 淳! 我慢できないとき、あまえていい?
「淳」: もちろん。
「淳」: よっこ!
「美子」: うん。
ようやく、美子の病状も、回復の兆しがみえはじめた・・・
がしかし・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
美子の菩提寺で。
「じゃぁ、 知美先輩、また」
「うん、高嶺君! 今度また四人で温泉行こうね?」
「そうですね」
「よっこ! 聞いてる?」
「怖くない井川先輩の運転だって?」
(うん! いくいく・・・)
淳と、知美は、秋が深まっていく空を、美子の笑顔が写ってるかのように、見上げていた・・・
END
美子が最後の実習に出かけようとしている。
「美子」: お母さん、行ってくるね。
「美子」: 遅くなるけど、晩餐楽しみにしてるね。
「母」: はーい。気をつけていってらっしゃい。
「美子」: いってきまーす。
こうして、学校最後の実習にでかける。
そして、日がすっかり落ち、母が晩餐の支度で手がはせないときに、父が帰ってくる。
「父」: ただいま。
「母」: ごめん、お父さん。手がはせなくて!
「父」: いい、いい。今日はご馳走みたいだな?
「母」: 美子、今日最後の実習なの。
「父」: そうか、やっとだな!
そのとき、玄関脇の電話がなる。
「母」: ごめん、お父さん、出てくれる?
「父」: はいよ。
しばらく、話し込んでいた父が炊事場に、神妙な顔して、戻ってくる。
「父」: かあさん、大変だ! 美子が実習中に倒れたって!
「母」: ええー。
こうして、両親は病院にとり急いで駆けつける。
そして、担当医の部屋で容態を聞く。
「父」: 先生、娘はどうなんですか?
「担当医」: どうも、腸あたりにしこりがあるみたいです。
「担当医」: 以前にここで、入院された時のカルテを拝見しましたが。
「担当医」: どうも、再発して転移した可能性があります。
「担当医」: 再発した場合は、極めて再手術がむずかしいと、お聞きになっていたと思うんですが?
「父・母」: はい・・・ 当時の主治医からうかがっています。
「担当医」: もうすこし精密に検査して、お嬢さんの体調次第では、手術のほどこしようもあるので。
「父・母」: 先生! なんとかお願いします。
「担当医」: はい。
「母」: 先生! 娘は病気の再発に気がついているんでしょうか?
「担当医」: お嬢さんは、この春からは、看護婦としてやっていくぐらいですから。
「担当医」: 病気全般の専門知識は、十分理解しているでしょう。
「担当医」: ただ、自分の病気に、気がついているかどうかは、なんとも・・・
「担当医」: 本人に悲観的なことだけはくれぐれも、手術で治る可能性がありますから。
「父・母」: はい!
容態を聞いた両親は美子の病室へ。
「美子」: おとうさん!おかあさん!
「美子」: ごめんね、心配かけて・・・
「母」: もうー! ほんとにびくりしちゃった。
「父」: 美子! 患者になることが最後の実習だろ?
「美子」: うん・・・
「父」: 美子!患者の実習はやく終えて、夢の看護婦の白衣着ないとね。
「美子」: うん。はやく治して、白衣着るね。
「母」: そうよ、美子!
「母」: あっ、そうそう、出かけしなに、知美ちゃんから電話あって、倒れたことだけは話したら。
「母」: すぐに、駆けつけるって。 断ろうか?
「美子」: ううん! 今は治まったから大丈夫。それに退屈だし!
「母」: そう?
「父」: まあ、いいじゃないか?かあさん!
「母」: は、はい!
病院のロビーで、駆けつけていた広瀬が駆け寄ってくる。
「広瀬」: おばさん! 美子倒れたって?
「母」: うん・・・ 今は症状おちついているんだけど。
「母」: どうも、小さいときの病気が再発したみたいで・・・
「広瀬」: じゃ、また手術してしばらく入院するの?
「母」: ・・・
「広瀬」: おばさん! ちゃんと教えてよ?
「母」: うん。しばらくは手術はむずかしくて、でも手術できるように処置していくって。
「広瀬」: ええー。 そんなに重いの?
「母」: 知美ちゃん! 美子はまだ知らないからね!
「広瀬」: うん。わかった!
広瀬が病室に向かう。
「広瀬」: 美子! 大丈夫?
「美子」: うん。ちょっと横腹が痛くて倒れちゃった。
「美子」: この前もおかあさんから、ちゃんと診てもらいなさいって、言われてたんだけど。
「広瀬」: もうー!
「美子」: ごめん、心配かけて。
「広瀬」: ところで、高嶺君に伝えたの?
「美子」: ううん。それが淳とは・・・
「広瀬」: それがって?
「美子」: 看護婦に専念するために、別れたの・・・
「広瀬」: ええー! まじ? どうして?
「広瀬」: 美子! 高嶺君のおかげで、看護の勉強もがんばれるって言ってたじゃないの?
「美子」: 知美! お願い! このことは淳には言わないで・・・
「広瀬」: 美子! あなたもしかして・・・
「美子」: ・・・
「広瀬」: ・・・
広瀬はいたたまれず、「また来るね」って言って、部屋を後にした。
広瀬は病院のロビーで、一人たたずみ、美子の心情を思い浮かべていた。
美子は自分の運命に気がついて、淳を思うからこそ。
愛しの淳を遠ざけ、そして別れたのではと想像していた。
しばらく経ったある日、美子の母から広瀬に、症状は落ちついているけど。
美子に覇気がないと聞き、見舞いにやってきた。
「広瀬」: 美子! どう調子は?
「美子」: う、うん・・・
「広瀬」: そんなことだと、いつまでもたってもだめだよ!
「広瀬」: 美子! ちゃんと素直になってごらん!
「美子」: うん。
「広瀬」: 私に頼みごとあるでしょう?
「美子」: うん。
「広瀬」: 高校時代に私がチョコ渡してあげるっていったのに。
「広瀬」: 美子は拒んで・・・
「広瀬」: 今度は、美子からだよ?
「美子」: 知美!
「広瀬」: うん。
「美子」: わたし、やっぱり淳と別れたくない!
「美子」: 淳に逢いたい・・・
「広瀬」: うん。
こうして、広瀬はその日のうちに淳に会いにいき、美子の事情を話した。
淳は、時間を惜しむかのように、驚くことすら忘れて美子のもとへ。
「淳」: 浅井せんぱーい! どうしたんですか? こんなところで寝泊りして?
「美子」: 淳!
こうして、淳は来る日も来る日も美子のもとへ。
三月の入院から数えて、春・・・、夏・・・、と季節は流れ、九月の初旬には。
ようやく美子の症状も、回復の兆しがみえはじめた・・・
しかし。
九月の二十九日の朝。
病院の担当医から。
危ない状態だと。
両親のもとに連絡が入り。
病院に駆けつける。
そして、数時間付き添っていた。
「父」: 美子! とうさんらは、そろそろ家に帰るからね。
父は帰るわけではないのに、美子の生命力に叱咤激励する。
「美子」: うん。もうすぐ、定番の淳が来るから!
「美子」: おとうさん! おかあさん! 毎日ごめんね・・・
「母」: 謝るまえに、がんばんなさいよ・・・
「母」: おとうさんも、毎日たいへんなんだから!
「美子」: はーい。
「父・母」: 美子! またね。
両親がロビーに向かうと。
淳がソファに腰掛けていた。
「父」: 淳君いつ来たの?
「淳」: おかあさんから連絡入ってすぐに。
「母」: えー! ずっとここに?
「淳」: は、はい。
「父・母」: ・・・
両親は担当医からの容態を淳に説明する。
気を取り直して、淳は病室へ・・・
「淳」: よっこ、どう?
「美子」: うん。だいじょうぶだよ!
「淳」: あはは! よっこのだいじょうぶは、あてにならないからね。
「淳」: 高校のときに、介抱したとき、最初はだいじょうぶって。
「美子」: でも、あの時から比べたら素直になったでしょう?
「淳」: まだまだ。
「美子」: でもね、男の子にあまえたの、あの時がはじめてなんだよ!
「淳」: うん。 光栄です。
「美子」: わたしね、夢は看護婦って・・・
「淳」: うん。
「美子」: この前ね、おかあさんに幼稚園の卒業アルバムもってきたもらったの。
「美子」: わたしの寄せ書き見直したら。
「淳」: うんうん。
「美子」: わたしのゆめは
「美子」: 「わたしは、つよがりだけど、あまえれる男の子のおよめさんになることです」
「美子」: って書いていたの・・・
「淳」: うん。
「淳」: よっこ!
「美子」: うん。
「淳」: よっこの夢かなえてあげるよ!
「美子」: ほんと?
「淳」: うん。仮は今からね、本格結婚式は、よっこの幼稚園で、退院したらね!
「美子」: うん。
「淳」: じゃいくよ。
「美子」: うん。
「淳」: あなたは、高嶺淳を夫として一生添え続けることを誓いますか?
「美子」: はい。誓います。
「美子」: つぎは、わたしね
「淳」: うん。
「美子」: あなたは、浅井美子を妻として、一生添え続けることを誓いますか?
「淳」: はい。誓います。誓います。
「美子」: もう! 誓いますは一回でいいの!
「淳」: はい! 誓います。
「美子」: あはは!
しばらく、二人は手を携えて、うとうとしていた。
数時間なのか、数分なのか時はながれて、よっこが語りかける。
「美子」: 淳!
「淳」: うん。
「美子」: 淳と出会えてよかった。それとね、私をあまえさせてくれて。
「淳」: 俺のほうこそ、よっこと出会えてよかったよ。
「美子」: 淳! 私の夢をありがとう。
「美子」: すごーく。 しあわせ。
「淳」: 俺も、しあわせだよ。
「美子」: ありがとう。
「美子」: 淳。
「美子」: 淳・・・
「淳」: んー!
「美子」: ・・・
「淳」: よっこ!
「美子」: ・・・・・・
「淳」: おい! よっこ!
「美子」: ・・・・・・・・・
「淳」: よっこおぉぉぉ・・・
「美子」: ・・・・・・・・・・・・
美子は淳ってゆう夢をかなえて、永遠の旅にでかけていった・・・
美子の旅立ちから、一年が過ぎようしていた。
淳の夢に、美子から、高校帰りのあの場所で待ってると・・・
(よっこ!)
(この場所に来たよ)
(この一年は抜け殻のようだったよ)
(あー、よっこの「ガンバレ」の想い出が甦ってくる)
(そうか! わかったよ! )
(二人の想い出は、これからの人生のために生かすよ)
(これからは、想い出を糧にして生きていくからね)
(がんばるからね)
(よっこ!)
END
エピローグ 「あの時・・・」
美子の旅たちから、数十年が過ぎ去ろうとしいた。
美子の菩提寺で、淳が清水を汲もうとしていた。
背中から、懐かしい声が、秋のそよ風と共に響いてくる。
「広美」: あれー、高嶺君?
「淳」: 知美先輩?
「知美」: ひさしぶりー!
美子の墓の前で。
「知美」: 高嶺君。 じゃお先に参らせてもらうね。
「淳」: はい。 どうぞ。
「知美」: はい、高嶺君! どうぞ・・・
「知美」: じゃ、向こうで待ってるね。
「淳」: はい。
菩提寺のベンチで。
「知美」: 偶然だね! 美子のところで会うなんて?
「淳」: そうですね。
「知美」: 私は、時々参りに来るんだけど。
「知美」: いつも、美子の墓前、きれいから、美子喜んでるだろうなって思ってたの。
「淳」: 僕も、月参りはしてたんだけど。
「淳」: いつも、きれいなって思ってたんですよ。
「淳」: 知美先輩も来てくれてたんですね?
「知美」: ううん。私なんて、時々だよ。
「知美」: 主人も、時々来てるみたいだけど?
「淳」: 井川先輩、お元気ですか?
「知美」: うん。元気にしてるよ。
「淳」: そうそう! 暑中見舞で、お孫さんできたって?
「知美」: うん! 二人とも五十代で、おじいちゃん、おばあちゃんになっちゃって。
「知美」: でも・・・ 高嶺君は、誰とも一緒にならなかったね・・・
「淳」: ううん!
「淳」: 結婚式は挙げなかったけど。
「淳」: すばらしい女性と、一緒になって。
「淳」: ずっと、しあわせだよ!
「知美」: うん! そうだったね・・・
しばらく、肌寒い菩提寺のベンチが、温もりの神秘な風が漂っていた。
何かを想いだしたように、広美が切り出す。
「知美」: 高嶺君?
「淳」: はい?
「知美」: ひとつだけ聞いていい?
「淳」: うん。どうぞ。
「知美」: 美子って! 自分の病気のこと、あのとき知ってたの?
「淳」: うん。
「淳」: 知っていたよ・・・
「知美」: やっぱり・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あのときの二人の壮絶な闘病生活へ・・・
淳は、毎日、天に操られたかのように、美子の病室へ足を運ぶ。
ただ、何よりも美子の病室が癒しの場所でもあった。
「美子」: 淳! 毎日、看病ごめんね。
「淳」: ううん!
「淳」: そんなことより、はやく体調整えて、手術してもうらわないと?
「美子」: うん。
「美子」:ねえー!
「淳」: んー?
「美子」: 淳は、私の病気のこと、どう聞いてるの?
「淳」: どうって・・・
「淳」: 腸にしこりがあって。
「淳」: 手術で摘出したら、大丈夫って。
「美子」: うん・・・
お互いの沈黙のなか、感極まって、美子がしゃべりだす。
「美子」: 淳! ありがとね!
「淳」: どうしたの?
「美子」: わたしね。
「淳」: うん。
「美子」: 看護の学校に入ったときに。
「美子」: 最初に、私の小さいときの病気のこと調べたの・・・
「淳」: ・・・
「美子」: すると、再発の可能性や、再発したときの、治る確率を・・・
「淳」: よっこ!
「美子」: 温泉旅行の後、痛みがひんぱんに出たとき、再発したかもって?
「美子」: それでね。
「淳」: うん。
「美子」: あのとき、淳にわざと、根をあげたの。
「美子」: 淳は、あのとき、身を引くこともわかってた。
「美子」: でも、お互い辛い思いをしないかなって・・・
「美子」: それでね、淳に、あんなこと言って、離れたの。
「淳」: よっこ! 大丈夫だよ!
「美子」: 淳! でも、別れることができなかった・・・
「美子」: 別れることを考えたことは、間違いだと思ってる。
「美子」: 淳にすごく、悪いことをしたと・・・
「美子」: だって、淳は私の病気のこと・・・
「美子」; 私を、毎日、こんなに応援してくれているのに・・・
「美子」: 淳! ごめんね。
「美子」: ほんとうに、ごめんね。
「淳」: よっこ!
「淳」: よっこは、僕にとって、よっこって存在が支えなんだよ。
「淳」: だから、よっこをそんなに苦悩させた、俺が悪いんだよ。
「美子」: 淳!
「淳」: うん。
「美子」: 私、がんばるからね。
「美子」: 見守ってね!
「淳」: うん。与えられた運命、ふたりでがんばろう。
「淳」: よっこのこと、しっかり見守ってあげるから。
「美子」: 淳! 我慢できないとき、あまえていい?
「淳」: もちろん。
「淳」: よっこ!
「美子」: うん。
ようやく、美子の病状も、回復の兆しがみえはじめた・・・
がしかし・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
美子の菩提寺で。
「じゃぁ、 知美先輩、また」
「うん、高嶺君! 今度また四人で温泉行こうね?」
「そうですね」
「よっこ! 聞いてる?」
「怖くない井川先輩の運転だって?」
(うん! いくいく・・・)
淳と、知美は、秋が深まっていく空を、美子の笑顔が写ってるかのように、見上げていた・・・
END