金曜日,広島で上映された自主映画「うまれる」続編の最終日。

本当はもっと早く行く予定だったけど,家族が体調崩して色んな予定がずれ込み,やっとギリギリで見に行くことができた!Honも観たいみたいといっていたのだけど,一日一回上映の午前中のみで,仕事の都合がつかなかったそう。



今回は,なんと八丁座という,映画のセレクトショップ的なとってもラグジュアリーな空間での上映。



ここで映画!?って感じで,百貨店の上階にあり,カーペットが敷き詰められているし,フードだっておしゃれ。
まず売っている佇まいがおしゃれ。


ポップコーンとかじゃないよ!
知らなかったけどレディースデーだったので,1100円で見られました♪



こじゃれたサンドイッチやドライフルーツなどがある中,私が選んだのは広島らしく瀬戸内レモンを使ったケーキ☆それと,ホットコーヒー。10:45から二時間の上映だったので,サンドイッチまでいかなくても少しお腹に溜まるものをと思い。

座席もふっかふかの1.5人は座れる広さのソファに,目の前の通路は広くて,テーブルもある!

なんとも贅沢気分で上映開始をむかえました。

ここからはネタバレ含む感想です。深すぎてしばらく考えふけっているのですが・・・

あ,映画自体は監督さんの意図通りにできていて,重くなりがちなテーマもスッとはいってきましたよ。


前作を見た印象とは,また全く違っていて・・・それは私を取り巻く環境も少しずつ変わっているからだと思うのですが。今回は,気持ちを整理するのに少し時間がかかりました。

物語は,要約すると①ステップファミリーが,本当の家族になれるのか②愛する人を看取ったあと残されたものの人生とは③虎ちゃんのその後(前作見た人ならわかるかな。18トリソミーという,遺伝子の重い障害を持って生まれてきた男の子のお話です。

樹木 希林さんのナレーションで印象的だった言葉。

新しいいのちが誕生すると,家族はうまれかわる。
また,ひとつの命が旅立てば,遺された家族の世界もうまれかわる。

まず,「遺された家族」の話。

私自身は,「遺された」家族の一員であった。小4の時に父が他界したから。

確かに,その後の私たちの世界は生まれ変わった。
生まれ変わった,という表現がまさにぴったりくる。もうお父さんがいない世界は,前にいた世界とは確実に違った。

死というものが自分には縁がなく遠い場所にあったあの頃,いきなりやってきたその時,色々な難しいことは理解できなかったかもしれないけど,確実に分かったことは「死んだらもう二度と会えない」ということだった。

語弊がないようにしたいのは,どちらがいいも悪いももちろんない,だた,自分とは違ったこと,それは映画の中の家族には受け入れるように準備する時間があった。もちろん○○までの命です。と宣告され苦しんでいる姿を目の前で見なければならないのは拷問に近いものがあるのかもしれない。だけど映画の中で,「幸せだったよ,ありがとう」と伝える場面があって・・・

正直な感想として,そうしてちゃんと言葉にして伝えていることを,うらやましく思ったのだ。伝えてもらっているのと,そうでないのでは,遺された家族が乗り越えなければいけない苦しみが,違うのではないか。。。。

亡くなってしまうと,どんな言葉ももう聞けない。どう思っていたのか。ちゃんと幸せだったのか。映画の中でなくなったお母さんは,娘たちにも・・・そしてご主人にもその気持ちをしっかりと伝えることがゆるされていた。

うらやましかったし,同時に私がいつか死ぬとき・・・または遺されるとき,私にはそんな時間がゆるされるだろうか?突然死ぬかもしれない。それはわからない。でもちゃんと伝えらえるだろうか。伝えてもらえるのだろうか。そんなことを思った。真剣に遺書(手紙)書いておかなくちゃと思った。もし,私が突然死んでしまった時に,姫・おにぎり君・Honに伝えておきたいこと・・・愛している,私の人生にあらわれてくれてありがとうということを。

家族や大切な人を失うことは,考えたくもないけれど,だけど共に過ごすことができる時間はそれぞれなのだ。

それは虎ちゃんの話にもつながって言えること。

虎ちゃんの持つ障害18トリソミー(13トリソミーもあるらしい)は,”致死的染色体異常”と呼ばれているそうだ。そういった重い障害を持つ赤ちゃんを受け入れるということは,想像を絶する周囲の大変な介護が必要であるうえに,短命である定めの子の死をも受け入れるということ。親にとって・・・特に母親にとってそれは,「不条理」な苦しみであるだろう,それも,桁外れの。

虎ちゃんのお父さんが「欲を持たず,期待をせずに,今この一瞬を生きている子をかわいがる,見つめる,受け入れることは試練,修行です」と言った言葉が印象的だった。

姫が大きくなったら,花嫁姿を見たい・・・孫をみたい,大勢の親が当たり前のように描く未来予想図を,描くことができない。それを,明るい笑顔とは裏腹に,「試練,修行」という強い言葉で表現したことが,ご両親の心の中を垣間見たようであった。

今,目の前で生きているというその極限の事実のみを感謝し,愛おしむ。一分先,二分先はどうなるかわからない。そんな世界。私には想像もできない・・・考えるだけで背筋が凍るし,怖い。こんな暗い闇の中にいるような中で,今を生きているわが子を純粋に何も考えず可愛がるなんて・・・

24時間体勢の介護もそうだし,障害があるわが子を,明日死んでしまうかもしれないわが子を受け入れることは,今までの自分の価値観ではなく,新しい価値観を構築することでしか,克己することができないと思う。

そして・・・自分の価値観をいったん壊すなんて並大抵の努力ではできないと思う。

どれほど自分が理解したいと願ったところで,実際に経験されている方の苦しみは理解することができないし,安易な言葉かけは,とてもじゃないけど,出来ない。言葉をかけたい,というのは結局のところ自分が楽になりたいからなんだよね。だけど本当に必要とされていることはきっと何もなくて,必要とされたときに応えること,寄り添うこと・・それくらいなんだと思う。

私自身もそうだけど,こういったことがもっと理解され,受け入れられやすい世の中にしていかなくてはいけないと強く思う。


映画が終わって,自分のお母さんやHonの声が聞きたくなり電話したけど2人とも出られなかった。いつも結構出るのに今日に限ってなんでやねん!と,神妙な雰囲気をいい意味でぶち壊してくれて,ニヤニヤしながら帰った。

そんな,一日でした。