イワンの馬鹿
トルストイの「イワンのばか」が僕は大好きです。
正直に生きよう、真面目に生きよう、額に汗して働こうと読むたびに自分に言い聞かせています
イワンは自分に不利な事でも相手に悪意があることでも
いいよ、いいよと受け入れます
どんなに状況が悪くても誰のせいにもせづ、不幸を呪いもしません
目の前の仕事をせっせとこなします。無欲で自分の事は後回しにして
年老いた両親と身体の不自由な妹を養います
イワンは王様に最後はなるのですが
頼ってくる物は誰でも養います
でも掟があり手に豆がある人は最初に食卓に付き
手に豆が無い人は皆の残りを食べさせてもらえるのです
でも
今の世の中はまったく逆なんですね
手に豆を作らない人が我先に食卓に付き贅沢な食事をとり
手に豆して働く物は残り物をもらう世界
原発にしても危険な仕事をしている人より最悪な施設を作ると言い出して
安全なところにいる人の方が先に分け前をもらう世の中
だからみんな手に豆して働く事より、頭を使ってずる賢く儲けることを
学ぼうとする
だから常に自分に手に豆して働く人の大切さ、そして自分の生き方を見直す為に
定期的にトルストイの「イワンのばか」を読みます
良かったら読んでみてください。
トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇 (岩波文庫)/岩波書店

¥630
Amazon.co.jp
正直に生きよう、真面目に生きよう、額に汗して働こうと読むたびに自分に言い聞かせています
イワンは自分に不利な事でも相手に悪意があることでも
いいよ、いいよと受け入れます
どんなに状況が悪くても誰のせいにもせづ、不幸を呪いもしません
目の前の仕事をせっせとこなします。無欲で自分の事は後回しにして
年老いた両親と身体の不自由な妹を養います
イワンは王様に最後はなるのですが
頼ってくる物は誰でも養います
でも掟があり手に豆がある人は最初に食卓に付き
手に豆が無い人は皆の残りを食べさせてもらえるのです
でも
今の世の中はまったく逆なんですね
手に豆を作らない人が我先に食卓に付き贅沢な食事をとり
手に豆して働く物は残り物をもらう世界
原発にしても危険な仕事をしている人より最悪な施設を作ると言い出して
安全なところにいる人の方が先に分け前をもらう世の中
だからみんな手に豆して働く事より、頭を使ってずる賢く儲けることを
学ぼうとする
だから常に自分に手に豆して働く人の大切さ、そして自分の生き方を見直す為に
定期的にトルストイの「イワンのばか」を読みます
良かったら読んでみてください。
トルストイ民話集 イワンのばか 他八篇 (岩波文庫)/岩波書店

¥630
Amazon.co.jp
春が来た!

今年初めてのつくしをみつけました。
春が来た!いつもつくしをみつけると実感します。

2月に播いた人参も芽を出してくれています。春野菜が楽しみです
そして今日は友達の坂東夫妻が農園に遊びにきてくれました。
奥さんの理砂さんは料理がとても上手で、いつもうちの有機野菜を使った料理を作り
Facebookにアップしてくれます。
大皿さんの野菜って宣伝もたっぷりしてくれるんです。
夫婦で食材にこだわり、ツイートは食レポートが中心です。

僕らが野菜作りをしてて本当に楽しいのは、顔の見える関係です
うちの野菜をおいしいと言って食べてもらえる人がいる
しかもすごく応援してくれるんです
やってて良かった、これからも安全で美味しい野菜を届けなければと強く思います。
細々とですが地に足がついた生活が出来れば幸せなんですね。
坂ちゃん、理砂さんいつもありがとう
お葬式
村の中でお葬式が出ました。
僕は隣保でのお世話役という事で葬儀の受付をさせていただきました。
なくなられたのは93歳のおばあさんです。
子供のころはよく挨拶していたおばあさんで上品な方でした。
葬儀はJAのやすらぎ会館で行ったのですが。
一緒に受付していた先輩が昔は各家で葬儀を出し、隣保のお世話は3日間まるまる行ってたと
聞きました。仏さんが出たら葬儀の準備で家の周りの清掃を手伝い、お通夜の準備、葬式
そして土葬だったので穴堀作業があったと
今は会館で2、3名座ってるだけやけどな~と楽になったもんやと
そういえば25年前ぐらいまでは、家から葬儀を出し、土葬だった記憶があります。
子供の頃は葬儀の後菓子パンを近所の方に振る舞う習慣があったような
それを不幸があったとはいえ楽しみにしていた自分になんか罪悪感を感じてたような思いでが
よみがえってきました。
近所のおじいちゃん、おばあちゃんが亡くなり葬儀には出ませんがパンをもらい
土葬の行列を眺めて手を合わし
夜になるとなんだか思い出し、墓場から出てくるのではないかと怯えていたような気がします。
そういう意味ではなんだか村の中、ご近所と言えどドライな付き合いになったのかもしれません。
会館で葬儀をするようになり本当はお手伝いなんか必要ないかもしれませんが
村をつなぐゆいつの細い糸のような気がします。
僕は隣保でのお世話役という事で葬儀の受付をさせていただきました。
なくなられたのは93歳のおばあさんです。
子供のころはよく挨拶していたおばあさんで上品な方でした。
葬儀はJAのやすらぎ会館で行ったのですが。
一緒に受付していた先輩が昔は各家で葬儀を出し、隣保のお世話は3日間まるまる行ってたと
聞きました。仏さんが出たら葬儀の準備で家の周りの清掃を手伝い、お通夜の準備、葬式
そして土葬だったので穴堀作業があったと
今は会館で2、3名座ってるだけやけどな~と楽になったもんやと
そういえば25年前ぐらいまでは、家から葬儀を出し、土葬だった記憶があります。
子供の頃は葬儀の後菓子パンを近所の方に振る舞う習慣があったような
それを不幸があったとはいえ楽しみにしていた自分になんか罪悪感を感じてたような思いでが
よみがえってきました。
近所のおじいちゃん、おばあちゃんが亡くなり葬儀には出ませんがパンをもらい
土葬の行列を眺めて手を合わし
夜になるとなんだか思い出し、墓場から出てくるのではないかと怯えていたような気がします。
そういう意味ではなんだか村の中、ご近所と言えどドライな付き合いになったのかもしれません。
会館で葬儀をするようになり本当はお手伝いなんか必要ないかもしれませんが
村をつなぐゆいつの細い糸のような気がします。