日本のオリンピックのメダルラッシュはすごいですね~。ニコニコ

スノーボードの女子たち、かわいい顔して、怖いことができる~。

尊敬します。

 

私は、いつも行くカフェーでエッフェル塔のキーホルダーを買いました。ニコニコ

ハンドバッグにつけるのに、ぴったりの色のマカロンがついているから。

もし、どの国にでも1か月ただで住めると言われたら、フランスを選びます。

なんか、落ち着くんですよ~。

 

日本のお花見には行けないから、これを買ってきて、一年中お花見です。爆  笑

 

最近は、家の修理の事で、CHATGPTさんにお世話になりっぱなし。

昨日は、水道の蛇口が汚いので、相談したら、ミネラルオイルを塗れとのこと。

早速試したら、ピカピカになりました。ニコニコ

GOOGLE SEARCHでは、お酢を使えと言われて余計に悪くなったから。プンプン

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昨日の最後にちょっとキツイことを言いましたよね。

「お前なんかに毒親を持った子の気持ちが分かるか!」と言いたいでしょう。

 

毒親と一言でいっても、いろいろあります。

 

私の道は「くねくね」だったと言いましたよね。

 今日は私のくねくね人世のお話を聞いてください。

 

私の親は私が小さーいころは、超貧乏で、結核のおばーちゃんがいて、

一生働けなかったおじいちゃんがいて、家の中は真っ暗でした。

ボロボロのふすまの前に悲しい顔で座っている私の写真があります。

食欲ゼロで、お茶づけしか食べられなかったそうです。ショボーン

 

10-12歳ごろが一番よかったんです(父はアメリカに単身赴任)。

しかし、すぐに相談もなくアメリカに連れてこられました。

言葉も文化も分からないところへ。

そして、アメリカの学校にほりこまれました。ガーン

 

と思ったら、父の会社の社長さんが亡くなって

あっという間に、支援者家族からはなれて、

遠い町へ引っ越し。

あっという間に、父の会社はオイルショックで倒産

職もないのに、なぜかアメリカに残って、超貧乏な生活ショボーン

 

下町に住んだので、学校ではいろいろな

人種問題があって、長年差別に苦しみました。

親は自分達の生活でいっぱいいっぱいだから、

空がいつもグレーに見えていた私に

全く気づかなかったようです。プンプン

 

大学は政治学を選んだのですが、

(高校に来た研修性の先生のおかげと

 素晴らしい市長に影響を受けて)

奨学金だけでは、寮には入れない

親がまた仕事が見つかって引っ越し。

その時、政治家になるより、将来有望なコンピューター科学を選べと

言われて、ちがうUCキャンパス(家に近い)で

コンピューター科学を専攻。男子ばかりの世界がはじまる。びっくり

 

でも、自分の好きを貫くために

いっぱいいっぱい、言語学と心理学のクラスを取りました。ニコニコ

いつも先生らと話しをしていて、コンピュータ科学のクラスには遅刻。

 

「好きでもない分野で博士号を取ろうとする人は

  見たことがない」と言われましたが、

 好きでもないからこそ、一番儲かる道を選んだだけです。

 

大学院は名門エール大学にと教授らに勧められたけど、

目が悪くて、運転できない母を置いて、東部には行けないし、

貧乏だから、働きながらの博士課程は無理と思ってしまって。。

結局は自信が無かったのですね~。

 

博士号をとったら、貧乏から抜け出すために、

企業の研究室へ。

でも、自分のやりたい研究なんかさせてもらえないんです。ショボーン

 

もともと中学生のころから、先生になりたかった私。真顔

(学校ごっこばかりして遊んでいました)

もう、親に家も買ってあげたし、

ここで、自分の好きを貫こうと決心して、

大学の研究室にもどり、なんとか大学教授になる道をつかみました。

その時にASDの友人と知り合ったのです。

 

そこからは、女も東洋人も関係ない。出世してやる。

嫌なパワハラおっさんから、皆を守ってやる。

と、まっしぐら!!

でも、病気や犯罪のせいで、身の危険に関して心配症になる。ショボーン

 

なんかうまく行かないたびに

   親のせいにしていたのを覚えています。

 

今になれば、

  • 親が気持ちに気付かなかったのは、私が黙っていたせい。
  • エールに行かなかったのは、私が勇気がないせい。
  • 企業に行ったのは、私がお金に執着していたせい。
  • 政治家にならないのも、私にやる気が足りないせい。
  • 結婚できなかったのは、仕事をいつも選んだせい。

だと、思っています。

 

女一人でアメリカで生きていけるようにしてくれたんだから、

     ええやんか~。

心配性(身の安全に関して)なのも、

   ぜいたくできないのも、ぜーんぶ自分の心の持ち方

 

親の「支配下」にあった期間より、自分の力で生きた期間の方が

  長いんです。だから、もう親の影響はどうでもいい。

そう思うようになったら、「心の自由」と「自信」が得られました。

 

そう。。自分の力で生きると言うのは、なにより大事なことなんですびっくりマーク

 

ただ一つ言えるのは、できるだけ早くから親の世話にならずに

  生きたほうが、遅くに自立するより、楽だと言うことです。

 

発達障害の人達でも、できるだけ早くから、親以外の人達が

  いちばん身近な支援者になるのが、いいのではないでしょうかはてなマーク