自分自身を追いかける事。


それは 自分の個性を感じ、楽しむと言う事につながる。


そして 自分の真ん中にいる、と言う事にもつながる。


見るべきものは自分。求めるべきは自分。



私が 今回体を持って この世界に生きてるのは


個性を感じ、自分を通して色んな感情を感じ、それを楽しみ、喜ぶため bud*




そしてもう一つ、とても大事なんだと気づいた事がある。


それは 『 自分自身にゆだねる 』という事。


これは 自分を信じると言う事もつながると思う。




どれだけ 自分を信頼できるのか。


信頼って無理してするものではないんだと、最近気づいた ^^


自分を信頼するって 結局 安心して自分にゆだねる事。


力を抜いて、ゆったり 自分にゆだねて 自分に任せてしまう事ではないかなと 思うようになってきた。


ニュアンスで言うと、もう一人の自分(無意識の領域とでも言うのかな)に


自分を任せる という感じが一番ぴったりくるかもしれない。



スピ界では 「 宇宙に(天に)任せる 」 とか、「 流れに乗る 」と言う表現を使ったりしてるかな?



自分を信頼する・自分にゆだねる。



それは鋼の様な強さではなくて


一念発起の様なものでもなくて


頑なに○○と思いこむ、信じ込む ということでもなくて



たとえるなら ゆったりと流れるような、柔らかさに似てるようにも思う。


ただ 信じるから 信じれる。



これができると、ハートは驚くほど柔らかい状態になる。


今まで 


「 思ってる事が具現化するなら、○○だと心から思おう! 」とか


「 欠けてたって大丈夫!全ては完全だから、欠けてて完璧! 」って


思いこもうとしていたんだろうと思う。


でもこれは 『 完璧 』と言う概念に固執してる考え方だなと 思うようになった。


どこか無理やり 「 プラスに思いこもう、プラスの発想をするべき 」、


「 私たちは完璧な存在 」だと


頑なに 思ってた節がある。



けれど、頑なな状態は ハートがギュッと縮む。


「 どうして 違和感があるんだろう?プラスの発想を大事にしてるのに。 


  自分を認めているのに。 」


ちょっと不思議だった。


けど 『 欠けてて完璧 』と言う気持ちは


裏を返せばそれは『 完璧でありたい 』と 思う気持ちの現れだった。

 

『 欠けてる自分=完璧でない自分 』を否定してるから来る発想なんだと気づいて、


そしてそこから、




「 欠けてて完璧なんじゃない。欠けてると言うことは、やっぱり欠けてる。


 けれど、それでいい Wハート 」




というすごくシンプルな考えになってから


ハートの違和感がスルスルとほどけて行った。




自分の中の何かが欠けてるから 自分にゆだねられない=自分を信じられない なんてことはない。


そのままでいい。




完璧で在る必要は どこにもなかった。




欠けたままの自分で、


そのまま、自分にゆだねてしまえばいい。




そう心から思えた時、


ハートが ホントにラクになった.




そのままの自分を信じる事。


そのままの自分でゆだねてしまう事。



ベストを尽くして!


信念を持って邁進すべし! 


全力で! 




そういう頑なな気持ちは 少しずつ自分を追い詰めて行く。


人間の本来のラクな状態ではないから。



自分の尻を叩いてるのと一緒だから、エネルギーがなくなっていく。


エネルギーがなくなると、色んな事がうまく回らなくなる。




「 頑な 」。


その考えを少しずつ薄めて行って、



今 自分を感じて楽しむ、


今 ハートを緩める、


自分にゆだねて ゆったり構える、


そういう事を大事にして、


これが人の本来のラクな姿で、


瞬間瞬間自分を大事にして楽しむ気持ちが 自然と自分を在るべきところに連れて行ってくれる。



そう思えるようになったから、


今 また少し力を抜くのがうまくできるようになった気がする。




「 力を抜ける 」と言うことは、


「 自分にゆだねるのが前より上手にできるようになってきた 」


ということなんだろうと思う。




その方が苦しくないし、


これからは そういう時代になる。



ハートを柔らかく保った方が、


頑なにがんばるよりもはるかに効率がいいのだと


沢山の人が自然と実践する時代になっていくんだね。





今日は 長女が友達関係が色々大変なんだと顔を曇らせてた。


どう言ってあげればいいのか


その時はちょっと 言葉を選んだけれど、


私が子どもたちに伝えるべきことは


自分をもっと大事にする、自分の喜びを大事にするということだし、


それを伝えるのは


言葉でなくて 日々の子どもたちへの接し方なのだと今改めて思った。




あれやこれや、正負の判断を持ち出して、人として・・・を説いてアドバイスをすることよりも


「 大変だったね 」と 悩みを抱える気持ちごと、子どもを受け止めること。


悩んでもいいんだと、不安になって当たり前だと、泣いてもいいんだと、


そのままの子どもをそのまま受け止める。



ただ それだけ。




それができたなら、子どもは後の事は 自分で考えて行動できる。


そのままの自分を受け入れてもらった安堵感をエネルギーに


次の行動を自分で考えるようになる。


そして そのままの自分をそのまま受け入れられた子どもは


そのままの自分を そのまま大事にするようになるし、


それができる子どもは 回りの人も自然と大事にするようになる。



子どもに 現状そのままの自分を大事にするように伝える事。


それをしようと思えば、自分のそのままを 大事にできる事。




今 記事を書いてると、


素のままの自分の思うところを書いてるから、


ホントに気がラク 好うふふ


ハートがふわ~~しゃぼんっと柔らかくて軽い。



今日は何度も 書いてる記事が消えてしまって


なんだろうかと思ってたけど、


今考えると 消えた記事は 自分の言葉で気楽にかけてなかったんだな うふふ



自分を大事にするという感覚がようやく分かってきた程度の私に


子どもに どれくらいの事を伝えられるのか気になるけど、


それもまた 自分に任せてしまおうと思ってる にこLOVE




素のままの自分に


安心して ゆだねてしまおう Wハート





きらきらフラワーシャワーc.blossoms* thank you ajisai*薔薇きらきら