『童唄を雨に流せ』の冒頭、紋次郎は掛け茶屋で〔奇妙な餅みたいなもの〕を食べている。みたいなものの正体は〔渋柿とモロコシの粉を搗きまぜて、丸めたもの〕であった。どんな味がするのか、想像もできない。文中では「空腹でなければ、食べられる代物ではなかった」と、説明されているから、余程に不味いらしい。だが、これは茶屋の亭主の心意気のあらわれなのだ。この時期、紋次郎の行動範囲の食糧事情は絶望レベルに達しており―特権階級は別として―誰もが過酷な飢餓に悩まされていたのである。そういう状況下に置かれていることを考慮すれば、奇妙な餅も、大変な御馳走ということになる。

紋次郎は番茶と餅二つをお腹におさめると、代金を払って、流浪の旅を再開するのだった。余計なことは喋らない。黙々と食べ、黙々と歩き、黙々と眠るのが、紋次郎の基本的生活態度である。面倒と関わりたくないと思うならば、沈黙と無視を決め込むのが一番確実な方法である。しかし、面倒から逃れようとすればするほど、厄介や騒動の渦中に巻き込まれるのが、彼に課せられた定めなのだ。主人公の辛いところだ。


賭場の場面が登場する。おそらくシリーズ最初の賭場場面である。紋次郎の主たる収入源は博打である。剣士としても相当な腕前だが、ギャンブラーとしての才能にも恵まれているのである。でなければ、旅暮らしはもちろん、生命活動そのものが危うくなる。いかにスーパーヒーローと言えど、食わなければ死ぬのである。紋次郎のギャンブルは、遊びとか楽しみではなくて、ほとんど命懸けの切実なものである。ギリギリまで追い詰められた境遇が、勝負勘に一層の冴えを与えている気もするが…。


今回の賭場は【切石の仙造】という親分が開帳したものである。紋次郎の旅を眺めていると、親分衆との接触を極力避けているようなところがある。人間嫌い兼面倒嫌いの彼らしい生き方である。宿場の顔役を訪ねて、寝床と夕食にありつくのが、普通の方法だが、紋次郎は違うのだ。

紋次郎が恐れている、と言うか、回避したいのが〔一宿一飯の義理〕の発生であろう。型破りな存在ではあるが、紋次郎も渡世人である以上は〔義理〕には逆らえない。逆らえば、この世界で生きていけなくなるからである。厄介の原因に近づかないことで、紋次郎は〔望まない展開〕や〔ややこしい展開〕に運命が進むのを防ごうとしているのだ。草鞋を脱ぐよりも、野宿を選ぶ場合が多いのは、そのあたりが理由であろう。


『童唄を雨に流せ』は、紋次郎の少年時代が描写される点においても、注目のエピソードである。紋次郎は、所謂〔間引き〕の対象者であった。恐ろしい話だが、紋次郎が生きた時代は、半ば当然のようにして〔赤ちゃん殺し〕が行われていたらしい。過度の貧困が招いた悲劇であり、惨劇であった。紋次郎は姉の機転に助けられて、間引きを免れたわけだが、この事実を兄から聞かされたその日から、彼は口を利かなくなった。いや、利けなくなった。肉体は生きていても、精神は死んでいる。

紋次郎少年には、心のケアや精神科医の治療も届くまい。そして、この陰惨な体験こそが、人間不信を抱えた異色のヒーロー=木枯し紋次郎誕生の発端となった。少年が故郷を捨てたのは十歳の時であった。