ブログネタ:好きなジブリ映画
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『天空の城ラピュタ』は1986年8月に公開された映画である。何度でも観たくなる永遠の名篇。宮崎活劇の集大成的作品であり、個人的には〔最も好きなジブリ映画〕ということになる。丸ごと愛していると言っていいだろう。物語的にも動画的にも魅力に富んでいるし、登場人物から、大道具&小道具に至るまで、ひとつひとつが俺の好みに合致している。ファンタジーとSFを適度に融合させた世界観が面白い。
冒険活劇に〔謎〕はつきものである。途方もない謎の存在が、物語を動かし、人物を冒険に駆り立てるのだ。この映画では〔天空の巨城〕というでっかい謎が用意されている。幻の巨城ラピュタは、隆盛と殷賑を極めた〔超文明〕の大いなる遺産である。帝国は崩壊したが、巨城は残った。ラピュタを支えるテクノロジーはまだ生きており、王の帰還を待ち続けているという。城の中身はもちろん宝の山。命を懸けて追いかける価値はある。価値はあるが、一歩間違えれば破滅である。パズーの父親もラピュタに憑かれ、夢を果たせぬ内に息絶えた。亡父の無念を晴らそうと、健気に頑張る主人公。余程のひねくれ者でない限り、応援したくなる。
巨城ラピュタが浮遊している場所が、宇宙でもなければ、海上海中でもなく〔空のどこか〕という設定も素晴らしい。ラピュタを目指す者は、飛行機械に頼る以外に方法はない。飛行海賊や飛行戦艦が活躍する舞台はこれで整えられた。
空での戦いは〔落ちたらおしまい〕という緊張感がある。海ならば助かる可能性もあるが、空の場合はまず助からない。舞台が宇宙に飛び出すと、その段階で俺の想像できる領域ではなくなってしまう。なくなると同時に眼前の光景は〔完全なるマンガ〕と化すから―妙な安心感は覚えるが―その分だけ、緊張感が削られるのは確かだ。
剣戟にしろ、空中戦にしろ、重力がきいている場所から外れると、面白味が減殺されてしまうのだ。重力そのものは眼に見えないが、活劇の名人は〔重力を感じさせる技術〕に長けている。宮崎監督もその一人ではあるまいか。重力に支配された世界の中で、重力を消し去る機能を秘めた魔石に、欲張りな連中の関心が集まるのは、当然の成り行きである。シータに託された秘石は、謎の扉を開くカギの役目も担っている。
『ラピュタ』と『カリオストロ』は設定的にちょっと似ている。シータの秘石は、伯爵とクラリスが所持している二指輪の変形アイテムであろうし、シータとムスカが〔古い血〕を引いているところも、伯爵とクラリスの関係を髣髴とさせる。光の属性を与えられているのは、気高い美少女であり、闇の属性を与えられているのは、残忍な野心家(陰険なおっさん)であるところもそっくりである。まあ、ムスカは三十代前半だそうだから、おっさん呼ばわりしたら怒られるかも知れないが…。
それはさておき、古来から伝わる財宝は、断固として、おっさんに渡してはならないのである。おっさんの頭の中は〔征服欲〕でいっぱいだからだ。伯爵の宿願は、世界を揺るがすほどのものではないが、ムスカの野望は人類全てに影響を及ぼす邪悪なものである。ムスカは宮崎駿が描いた敵役らしい敵役の最後の一人と言えるわけだが、彼の性格や言動に、監督のダーク面が反映されている気がする。充分あり得ることだし、そのあたりがまた、魔性の磁力となって、俺を引(惹)きつけるのだ。