暑くなると食べたいもの ブログネタ:暑くなると食べたいもの 参加中
暑い日は冷やしたトマトを獰猛に齧りたくなる。味つけは塩でも、醤油でも良いが、本当に健康なトマトならば、そのまま食べるのが一番美味しいに決まっている。とは言え〔健康なトマト〕なんて、今のニッポンにそうそうあるとは思えないが。あったとしても、手に入れるには相当の出費を覚悟しなければなるまい。トマトひとつで大変な騒ぎになる。

田舎で生活していた頃は、トマトなんてありふれた食材だと考えていた。しかし、それは大きな誤りだった。これまでの人生を振り返ってみると〔宝の価値〕に気づいた時は、宝そのものを失っている場合が多いようだ。俺だけの現象なのか、他の人も同様なのかはわからないが…。


トマトを冷やす方法としては、氷の冷蔵庫が最適だそうだが―料亭でも経営していない限り―氷の冷蔵庫を自宅に置いているような家庭は近年まれだろう。俺のところには、冷蔵庫自体が存在しない。まさに論外である。氷の冷蔵庫は潔く諦めて、氷水で代用しよう。夏の昼下がりに食べる冷やしトマトの味は格別である。不思議とアルコールは欲しない。さて、トマトに合う酒となると、何が相応しいのか。咄嗟に浮かんでこない。


俺が住んでいた田舎は水量の豊富な集落であった。本家では地下水をポンプで汲み上げ、生活用水として使用していた。汲み上げられた水はコンクリート製の〔貯水池〕に引き込まれ、一定の水温と心地好い水音を保ちながら、昼も夜も絶え間なく流れ続けていた。俺たちは単に〔池〕と呼んでいた。

貯水池は二段構えになっており、貯水池(甲)は食品や飲料の保冷に使われていた。清冽な水は見た目にも美しく、飲んでも美味しかった。

貯水池(乙)は貯水池(甲)よりも低い位置にあって、甲から流れ落ちてくる水を堅実に受け止めていた。乙の水は打ち水や水撒き、食器類の洗浄用などに使われていた。先人は水の力を利用する知恵に長けていた。


関東に移住してから十年が経った。本家の池は現在も満々と清水をたたえ続けているのだろうか?もしかすると、衛生面、あるいは、環境上の理由から取り壊されているかも知れない。ちょっと気になるが、思考はいつもそこで止まってしまう。俺は里帰りの予定も習慣も有していないので、確かめようがないのだ。

仮にたたえ続けていたとしても、池の水を飲んだり、池の水で冷やしたトマトを齧ることはないだろう。別れを決めたその日から、俺と池の縁も絶たれたのである。そして、一度切れた糸が再び繋がることはないのだ。ただ、池とその周辺の風景だけは、俺の脳味噌にかなりの印象度を持って記録されている。一般常識からかけ離れ、真っ当な軌道からも逸脱した異端児(破綻児)ではあるけれど、池の記憶を時々懐かしむぐらいのことは許されても良い筈だ。ふと蘇った記憶が、この駄文を俺に書かせた。