『オルカ』は1977年に公開された作品である。巨大鮫の猛威が世界を震撼(あるいは、熱狂)させたのは、1975年である。それから2年後の映画だ。決してツマラナイとは思わないが、どうしても『ジョーズ』の亜流…という印象が拭えない。リチャード・ハリスが主人公の漁師を演じている。この人も色んな映画に出ている。依頼が来れば、なんでも演(や)る。緒形拳みたいに仕事を選ばないタイプの俳優なのか。

さっき、迂闊にも〔主人公〕と書いてしまったが、この映画の真の主人公は、タイトル・ロールも任されているオルカ(鯱)かも知れない。ハリスさんは鯱を追いかけるのではなく、鯱に追いかけられる役だからである。むしろ〔敵役〕と言っていい。オルカの宿敵である。もしこれが、血に狂った凶暴鯱に家族を食い殺された男の役ならば、物語も撮り方も全然違ってくる。劇中の説明によると、鯱は〔人間以上に賢い〕そうである。そして、異様に執念深い。受けたアダは何倍にも何十倍にもして返すのが、彼らのやり方であるらしい。妻子を惨殺されたオルカは、ハリス船長を自分の領域に誘い出すべく、猛然たる破壊活動を展開する。

静かな港町は、一転、妖鯱の暴れる魔界と化す。ハリスが「あれは不幸な事故だった…」などと、いくら弁明しても、もう遅いのだ。憤怒の化身となったオルカを止められる者はいない。彼の眼は標的を正確に捕捉し、その情報は優秀な脳味噌に刻み込まれる。


オルカの武器は鋭利な牙と強烈な頭突きである。鯱の頭部は余程に固いのか、船底ぐらいなら軽く穴を開けてしまう。石頭ならぬ鉄頭である。さらに恐ろしいのは、得体の知れぬ〔洗脳波動〕のようなものを発している点である。漁師たちは、まるで、オルカの怨念が乗り移ったかのようにハリス船長を非難するのだ。この連中はいったい、どちらの味方なのかねえ。迷信深いのにも程度があろう。リーダー格の漁師が〔鯱狩り〕を提案するのは、まあ、わからないでもないけれど、ハリスに手を貸そうという者は一人もいないのである。多分〔祟り〕や〔呪い〕に関わりたくないからだろう。田舎特有の閉鎖的性格は、東も西も大差がないようである。


当初はオルカ退治を拒んでいたハリス船長だが、だんだん逃げようにも逃げ出せない状況に追いやられ、気がついた時には、化け物鯱の縄張りに踏み込んでいた。いや、踏み込まされていた。画面は不条理な色調に塗り潰され、出港の時点で、ハリス船長の顔は既に死相にくまどられていた。そう。戦いが始まる前から、彼は〔負けていた…〕のだ。この映画、海洋パニックものと言うより〔海洋ホラー〕と呼んだ方が正しいのではあるまいか。ハリスは氷海の対決に挑むものの、それは虚しい抵抗―通過儀礼に過ぎなかった。彼自身、勝てるとは考えていなかった筈だ。詰み(チェック・メイト)を控えた王将(キング)のように、ハリスはオルカが描いたシナリオの上を忠実になぞる〔駒〕に成り果てていた。海の復讐劇は、オルカの構想通りに進み、オルカの構想通りに終幕を迎えるのである。