『タイム・アフター・タイム』は1979年に公開された映画である。時間旅行ものの秀作だ。H・G・ウェルズが〔未来世界〕に逃走した連続殺人鬼―切り裂きジャックを追いかけるという奇想天外な内容である。デタラメもここまでやってくれれば、何も言うことはない。組み合わせの妙。着眼と発想の勝利である。矛盾を覚える瞬間も幾つかあるが、意想外の仕掛けと展開が、不満を忘れさせてくれる。この心地好さはどうだ。規制の枠を突き抜けた爽快感とでも表現すれば良いのだろうか。


切り裂きジャックの正体が、ウェルズ先生の友人(チェスの好敵手でもある)という設定が斬新である。本物のジャックは官憲の手を逃れて、歴史の闇に消えてしまったが、それを踏まえた上で脚本が練られているのだ。脚本も面白いが、配役も面白い。正義感と責任感にあふれる若きウェルズを、怪優マルコム・マクダウェルが演じている。

マクダウェルと言えば『時計じかけのオレンジ』(1971年)のアレックス役があまりも有名である。あそこまで強烈だと、イメージが固定化されてしまって、以降は〔同じような仕事〕しかこなくなる恐れがある。


代表作の存在は俳優として喜ばしいことだし、まして、マクダウェルのそれは天下に轟くキューブリック映画である。ちょっと贅沢な気もする。でも、本人としては複雑な心境なんでしょう。毎回毎回〔アレックスみたいな役〕だったら、依頼される側もウンザリしてしまう。

その意味においても、ウェルズ役は演じ甲斐のある仕事だったと思う。暴力否定派のウェルズ先生は、言わば、獰猛アレックスの裏返し的キャラクターである。芸域の広さをアピールする絶好の機会にマクダウェルは恵まれたのだ。知性と理性を感じさせる巧みな演技。苦悩する作家に見事化けた。そこには〔ウルトラバイオレンスの呪縛〕を払い除け、次の段階へ進もうとする役者マクダウェルの執念が刻まれていた。


主人公の誠実な個性に合わせるかのように演出も映像も落ち着いた仕上がりになっている。小道具類も凝っているし、唯一の大道具であるタイムマシンも画面に溶け込んでいる。殺人鬼が暗躍する物騒な映画ではあるが、血糊の量は最小限におさえられている。監督ニコラス・メイヤーの繊細な心配り。その配慮が、映画に格調を与えているのだ。