『狙撃』は1968年11月に公開された作品である。日本映画初(だった筈)の本格ガン・アクション。加山雄三が一匹狼の殺し屋を演じている。ダークサイドの住民である。血腥いアウトローであり、少なくとも、正義の味方ではない。加山さんが適役がどうかはさておき、銃器のあつかいや車の運転など、メカニックの操作に関しては、さすがに手馴れたものである。観ていて、ほとんど違和感は感じなかった。その意味では、ぴったりの配役と言える。

孤高のスナイパーの恋人役には浅岡ルリ子が選ばれている。最高にイカす女優さんである。これも正解の配役である。風貌も個性も無国籍めいたこの映画に適合している。オープニング画面では、わざわざ〔日活〕とクレジットされている。五社協定の効力がまだ生きていた時代なのだ。若大将&ルリ子―東宝スター&日活スターの共演であり、宣伝材料のひとつとしても、大いに期待できる。

協定の壁に泣かされた俳優さんの話を聞いたり読んだりすると、こちらも哀しくなってくるが、裏を返せば、各映画会社が専属スターを育成するだけの余裕を持っていた証しでもある。そういう時期が日本映画にもあったのだ。今では信じられない話だけどね。


最初の遭遇は、神保町シアターだった。加山雄三特集ではなくて、森雅之特集の一本として上映されたのだった。喜び勇んで、劇場に馳せつけたものである。どうしても観たい映画だったからだ。

森さんの役は主人公の同業者―老獪な仕事師である。勿論凄腕。外見は紳士然としているが、内面は残忍そのもの。撃つか撃たれるかの過酷な世界を生き抜いてきた凄味を感じる。寡黙な男である。台詞が異様に少なく、ほとんど喋らない。喋らなくても怖さや殺気が伝わってくるのだ。脚本の勝利であり、配役の勝利でもある。加山・浅岡・森―三才能の組み合わせが素晴らしい。まさに黄金の布陣である。

森雅之は知性派俳優の代表格だが、悪役敵役が似合う俳優さんでもあるのだ。黒澤明の力作『悪い奴ほどよく眠る』(1960年)も森さんの貫禄なしには成立しないし、座頭市抹殺に執念を燃やす闇社会の帝王を猛演した『あばれ火祭り』(1970年)にも強烈な印象を受けた。


ライバルは不吉な音楽と共に飛来する。森さんが現れると、主人公の影が途端に薄くなる。仕事の現場に愛人同伴とは恐れ入るが、自前の拳銃もまだまだ健在ということなんでしょう。この怪物にとっては〔殺人〕も〔遊戯〕に過ぎないのだろうか。トドメを刺さず、獲物に逃げ道を与えているようなところがある。殺(や)ろうと思えば、いつでも殺れる。猫が鼠を弄ぶようにジワジワとなぶり殺しにする魂胆なのだ。変態である。どうやら、修羅場を重ねる内に性格が歪んでしまったらしい。

この男、もしかすると、主人公の〔未来の姿〕なのかも知れない。暗殺者として、最終的な進化に達するとこうなるのだ。全て同じになるとは限らないが、可能性のひとつであることは間違いない。男もまた、主人公に〔過去の自分〕を見ていたような気がする。絶命の寸前に浮かべた謎の微笑の正体は、その辺に起因するのではないかと考えている。