『黒猫亭事件』は1978年9月に放送された作品である。我らが名探偵―金田一耕助を古谷一行が演じている。エンド・クレジットの先頭は犯人役のゲスト俳優であり、金田一はクレジットの最後(所謂トメ)に配置されている。物語全体を睥睨するかのような好位置である。先頭よりトメの方が、断然カッコいい!などと考えるのは俺だけか…。

横溝正史先生の原作を読んだ記憶があるのだが、どんな内容だったのか、まったく思い出せなかった。覚えているのは題名のみという有様であった。そのおかげと言っていいのか、まるで新作に接するように観ることができた。仕掛けも動機も相当奇抜なもの。現実にはちょっとありえない気がするが、ありえないからこそ面白いとも言える。俺としては〔金田一耕助〕というキャラクターそのものが好きなので、彼の日常や生活を眺めているだけで結構楽しめるのである。


事務所から追い出された金田一が、中学時代の先輩(近藤洋介)のところに転がり込み、その先輩が今回の依頼者となるのだった。何処かに転がり込む度に惨劇が発生する気もするが、事件が起きないことには、流石の金田一も推理力を発揮しようがないし〔話〕にも〔劇〕にもならない。これは名探偵に課せられた宿命なのだろう。

明晰な頭脳の持ち主であることは間違いないが、犯罪防止の才能に関しては、ほとんど欠落している点が探偵金田一の特徴である。

まさかとは思うが、意図的にモタモタしているように感じられる瞬間さえある。今度の事件も、三人の命が失われた。同情の余地は多少あるものの、殺人は殺人である。決して許されることではない。

金田一がもう少し頑張れば、犠牲者の数を減らせたかも知れない。知れないが、犯行が未然に防がれてしまうと、ミステリーとしての興味が減じてしまうのも確かだ。

おそらく〔防いだ場合〕は活字化も映像化もされていないのだ。俺たちが観られるのは〔防げなかった場合〕に限られるのだ。じゃないと、名探偵なのか、迷探偵なのか、どっちなのかわからなくなってくる。


『黒猫亭事件』は前篇と後篇に分けて放送された。前篇の終盤には、金田一が〔こちら〕に向かって話しかけてくる場面が用意されている。これは〔あちら〕の住民には知られてはならない秘密の能力だ。もし知られたら、周囲の者に正気を疑われるだろう。金田一は〔もうひとつの世界〕の存在に気づいている。だとすると、金田一は―少なくとも、このシリーズの金田一耕助は―常に〔こちら〕を意識して行動していることになる。そのような〔裏設定〕を追加すると、途端に画面が多元SF的な光沢を帯び始める。同じドラマを再度楽しむコツである。

全てのドラマが面白ければ、それに越したことはないが、実際はそうではない。ありふれた材料でも、調理者の発想や工夫次第で美味しく食べられるようになる。諦める前に最善の努力をしようじゃないですか。