好きな屋台 ブログネタ:好きな屋台 参加中
屋台で呑む酒の味は格別である。と言っても、数回程度しか呑んだことはないのだが。十年以上前の話になるが、旅暮らしをしていた時期があり、仕事を終えると、同僚や後輩を誘って毎晩呑み歩いていた。

あれはいつだったか、先輩のオセロー氏(仮名)と同僚のギガンテス君(勿論仮名)と月島(だった筈)へ行ったことがあった。

名物のもんじゃ焼きを堪能した俺たちは、宿泊所に向かって歩き始めたのだが、いくらも進まぬ内に好漢ギガンテスが「おでんが食べたい」などと、でかい声で言い出した。その頃の俺は、経済的にも余裕があったし、胃袋も強かったので、巨人の提案に即座に賛同した。社内一の酒豪で鳴らすオセロー氏も「行こう行こう」と言ってくれた。

最初は居酒屋を探していたのだが、適当な店が見つからず、屋台の暖簾をくぐることになった。おでんも酒もそんなに美味しいとは思わなかった(失礼)が、屋台独特の雰囲気が俺の好みに合っていて、楽しい時間を過ごすことができた。


俺の右隣りでは、ギガンテスが猛烈な食欲を発揮していた。おでんの盛り合わせを頼んだのだが、この怪物にかかると、二皿三皿はぺろりである。酒はたしなむ程度、彼の興味は食べることに集中しているようであった。一方、左隣りのオセロー氏は、あまり食べない。タバコを吹かしながら、コップ酒を自分が決めたペースで消費していた。

もんじゃ屋さんの分も含めると、オセロー氏の体内には相当量のアルコールが流れ込んでいる筈だが、顔も赤くならないし、悪酔いして部下に絡むこともない。氏の酒は、常に紳士的な酒であった。


この屋台では、おでんの他にラーメンも食べられるらしい。そのことに気づいたギガンテスが、ラーメンを注文した。驚いた俺が「おいおい。まだ食べるのか?」と訊くと、かの巨人は「そうだよ」と平然たる態度で応じたものだった。ギガンテスは料理を美味しそうに食べる名人だった。彼が食べている光景を眺めていると、こちらの食欲まで刺激されるのだった。その夜も然り。丼そのものをたいらげかねない豪快な食べっぷりを披露してくれた。食べたいものを食べたいだけ食べるのが、ギガンテスの流儀であった。そこには迷いもなければ、理屈もなかった。

きわめて健全な〔食〕であった。あれだけ食べてもギガンテスが肥満しなかったのは、何か運動でもしていたのか、日々のストレスに栄養を奪われていたのかのどちらかであろう。


その数年後、俺は会社を退職し、関東方面に移住した。オセロー氏とは、一度だけ東京で再会したが、ギガンテスと顔を合せる機会は得られていない。おそらく、これからも会うことはないだろう。

ギガンテスは幸福な結婚をしたと聞いている。相変わらず食欲は旺盛なのだろうか。だとしたら、毎食の用意をしなければならない奥さんは大変である。食う量が常人とは違いますからね。巨漢の女房―ギガンテス夫人は俺も知っている女性である。

白状すると、恋心を抱いていた。好きだったのだ。まさか、俺の気持ちは悟られていないと思うが、そのことも含めて、ギガンテスとは会わない方が良いような気がする。屋台の話が、失恋の話になっちまった…。