四天王門を潜ると、大天狗と小天狗の像が右手に現れる。高尾山は神々に守護された山なのだ。まだ午前中だが、薬王院の境内には観光客や参拝客の姿が多く見られ、高尾山の人気の高さを具体的に物語っていた。子供連れ、カップル、グループなどが大勢を占め、俺みたいな単独者は少数であった。俺は仁王門を潜り、大本堂の前を右に横切ると、奥の院へと進んだ。いよいよ山頂が近い。
今日の第一目的は、展望台―大見晴園地から望む富士山をカメラにおさめる事であった。世界遺産の山を年賀メールの添付写真に使おうと考えたのだ。山頂に着いたのは〔10:40〕ごろ。前回よりも1時間ほど遅い到着である。
前回は売店も食堂も開いておらず、人影もまばらだったような気がする。自動販売機で買った紙コップのコーヒーが妙に旨かった記憶がある。
さて、富士山である。波打つ山並みの奥に、キング然として、日本最高の山がどっしりと構えていた。いつ眺めても、美しく、そして、雄大な山である。山冠部分の積雪が展望台からでも視認できた。だが、前回に比べると鮮明さが低いように思われた。これは、霜月と師走の違いなのであろうか。
案の定、写真の仕上がりは良くなかった。腕が悪いのか、カメラが悪いのか、それとも、両方が悪いのか。結局、満足のゆく写真は一枚も撮れなかった。
最良の被写体を視界に捉えていると言うのに、歯痒い限りである。待ち受け画面には使えても、年賀メールには使えない。かくして、我が〔富士捕捉作戦〕は驚くほど簡単に瓦解したのだった。
ゲン直しにビールでも呑もうかなと真剣に考えた。富士山を愛でながら呑むビールの味は格別であろうし、滅多にない機会である。もしかしたら、これが最後のチャンスかも知れない。だが、少量とは言っても、酔っ払った状態で山中を歩くのは危険である。極めて魅力的な案ではあるが、払い除けるしかなかった。そのような事を考えている内に、山頂の混雑度は加速的に上昇し、座る場所の確保すら難しくなってきた。俺はエンジンが冷める前に下山してしまう事にした。
同じルートを歩いても面白くないので、帰りは4号路を選んでみる事にした。中間に吊橋が架けられている名物コースである。山頂付近では【やまびこ茶屋】【大見晴亭】【曙亭】の三軒の飯屋が営業している。メニューは、蕎麦、カレー、田楽など。高尾山の味事情を知りたければ、実際に試してみるのが一番である。だが、その時の俺は―朝の丼飯が効いているらしく―さほど空腹ではなかった。
空腹ではないが、以前の俺ならば、蕎麦やカレーライスぐらいなら、軽々とたいらげていたはずだ。金子が不足してくると、万事に消極的になるようである。世の中はカネじゃないと、どんなに強がってみても、カネがなきゃなんにもできない…というのも、また真理なのである。まったく貧乏はしたくないものだ。俺は内面に自嘲の笑いを浮かべながら、4号路の入り口に向かって、やや鈍い足取りで歩き始めた。