『日本沈没』(1973年公開)は名場面名台詞の多い作品である。大物俳優が展開する演技合戦が最大の観(見)せ場になっている。特撮映画と言うと、大怪獣や超兵器が主役になりがちだが、この映画の場合、物語の鍵を握っているのは人間である。そうなると、通常の劇映画以上に配役の重要性が増してくる。中野昭慶が手掛ける迫真怒涛の特撮場面に対抗する意味でも、黒澤映画や山本映画クラスの部隊編制を組まなければならない。

残念ながら、今の日本映画は〔重厚な顔触れ〕を揃えようにも、そういうタイプの役者さんがほとんどいないので、揃えたくても揃えられない悩みを抱えているが、70年代の邦画界には、面構えに説得力のある俳優が大勢活躍していたし、人選の余裕がまだまだ残っていた。出演料の問題は別として、編制そのものの苦労は少なかったのであるまいか。

妄信的に過去を肯定し、現在を全て否定するつもりはないけれど、邦画洋画を問わず、最近は俳優の組み合わせを聞いただけで、食指が動くような映画が減っているような気がする。昨日公開された三谷監督の『清須会議』も、現状を考えれば〔最強の布陣〕には間違いないのだろうが、劇場まで駆けつけようという意欲が湧かないのも確かなのだ。ありえない話だが『日本沈没』のメンバーで『清須会議』を撮ったら、凄い映画になりそうである。さしもの腰の重い俺も、早々に布団から抜け出して、朝飯も食わずに劇場へおもむくだろう。


物語を支える三本の柱―田所博士(学者)を小林桂樹が、山本総理(大臣)を丹波哲郎が、渡老人(黒幕)を島田正吾が演じている。小林さんが〔現代版チャレンジャー教授〕を荒々しく演じている。科学者にとって一番大切なものは何か?という渡老人の質問に対して、田所博士は「カンですね」と即座に回答している。いい答えだし、重みもある。直観とイマジネーションが求められるのは、芸術家や映画監督だけではないのだ。手近の新聞をビリビリと引き裂いて〔大陸移動説〕を簡潔に説明する辺りも実に面白い。先ほど、原作小説の〔博士と老人の出会い〕の場面を読み返していたら、この〔新聞ビリビリ〕がなかったので驚いた。別場面との融合か、あるいは、映画独自の趣向か。もし後者だとしたら、橋本忍の功績という事になる。視覚作品の特性を生かした見事な脚本である。橋本先生の筆は終始冴えている。


渡老人の口から〔三賢者の見解〕が明かされる場面も圧巻である。島田&丹波の二怪物が、入魂の芝居で演出家の期待に応えている。列島沈没の危機に際して、日本国民はどう動くべきなのか?三賢者が導き出した究極の結論は「なにもせん方がええ」であった。小細工を弄さず、瓦解する列島と運命を共にする事が、最も自然な形だと言うのである。それを聞かされた丹波総理は、刹那ポカンとした表情をしているが、次の瞬間には双眸を涙で満たしながら「なにも…せん方がええ?」と、血を吐くような口調で、老人の言葉を繰り返している。

丹波先生はマーロン・ブランド並(!)に台詞を覚えない事で有名だが、流石にこの場面に限っては、台詞を覚えてきたのだろう。まさか、芸能界の先輩たる島田御大の前でカンニングペーパーを読むわけにもいかないしね。又、同場面がこの映画の核心(肝)である事を本能的に悟っていたとも考えられる。至る経緯は推測の域を出ないが、邦画史に刻むべき出色の場面に仕上がった事を素直に喜びたい。

余談に属するが、この「なにもせん方がええ」は、東宝撮影所でも大いに流行り、所内の彼方此方で使われていたという伝説が残っている。