『ザ・ドライバー』は1978年に公開された作品である。正体不明の〔運転手〕をライアン・オニールが演じている。オニールはプロの逃がし屋である。まともな稼業とは思えないが、夜な夜な魑魅魍魎が跋扈する犯罪都市ならば、あるいは、こういう商売も成立するのかも知れない。
この男、報酬も高いが、気位はもっと高い。運転技術に関しては、絶対の自信を有している。プライドを傷つけられたオニールが、依頼者の車をボコボコに破壊しながら、派手な曲芸を披露する場面は、豪快なユーモアが感じられて秀逸であった。
〔運転手〕の逮捕に異様な執念を燃やしているのが、ブルース・ダーンが怪演する〔刑事〕である。ダーンはオニールを〔不倶戴天の宿敵〕と思い込んでいるらしく、暴力団まがいの罠を仕掛けてまで、彼を捕まえようとする。何かにとり憑かれたみたいに〔運転手〕を潰そうとする理由がわからない。悪魔的な性質の持ち主であり、こういう人間が警察に所属していてもいいのかなと、心配になるぐらいである。
まさかとは思うが、ダーン刑事は『天国と地獄』(1963年)に登場した戸倉警部(演者:仲代達矢)の化身ではあるまいか。職務熱心なのは誠に結構だが、行き過ぎは禁物である。ゆがんだ正義感や使命感は、周囲に迷惑と困惑を撒き散らすし、最悪の場合、死傷事故を引き起こす。その点について、ダーンも戸倉も全然考慮していないと言うか、疑念ひとつ抱いていないのが恐ろしい。
ダーンが戸倉の化身だとすると、オニールは三船敏郎が力演した凄腕浪人の転生した姿であろう。現代(…と言っても、70年代だけど)のロサンゼルスを舞台にして、作品と時空を超えた戦いが始まろうとしている。鬼警部VS用心棒というわけ。もっとも、これは、俺の勝手な想像(夢想)であり、監督(脚本も)のウォルター・ヒルが黒澤映画を意識していたかどうかはわからない。わからないが、可能性はある。映画の後半に『天国と地獄』を連想させる趣向が用意されているからである。
『ザ・ドライバー』を鑑賞するのは、これが2度目だが、初回の時に重大な場面を見(観)落としていた事に今回気づいた。それは、札束が詰まった鞄を駅のコインロッカーに一時保管したオニールが、続けて、隣りのロッカーも借りる場面である。中身は当然空っぽだが、この空ロッカーが、彼がこれからやろうとする取引に密接に絡んでくるのだ。何気ない場面だが、映画の急所となる局面である。
オニールが持ち帰った〔二つの鍵〕は、そのまま〔物語の鍵〕に転ずるわけだが、初鑑賞の際、後半の展開が理解できなかったのは〔肝心の部分〕が抜け落ちていたからである。信じ難いミスだが、事実である。同様の失態を犯す人が他に存在する筈もないが、俺みたいに〔鍵の受け取り〕を怠ると、途方に暮れるハメになるので、注意が必要である。映画の面白さが半減してしまう。
この映画の山場が、激しいカーアクション―池波正太郎は〔熟練剣客の斬り合い〕にたとえている―である事は間違いないが、静的な場面にも細かい神経が行き届いている。脚本家としての経験や実績を、演出家ヒルは巧みに生かしているような気がする。映写時間88分という心地好い長さは、執筆の段階で、脚本上の無駄や贅肉を、削ぎ落とせるだけ削ぎ落とした結果であろう。