湖中の標的は太公望のおっさん達に任せて、俺は俺の獲物を探す事にした。湖とその周辺は、被写体としては最適のものだが、構図を決めるのが意外に難しい。枠内に全体を収めるのではなくて、部分的に捉えた方がスケール感が出るし、面白い写真に仕上がるようだ。撮れるだけ撮って、マシなものを知友のKさんに送信する。Kさんは本職の動画師であり、写真に関する感覚も鋭い。お褒めの言葉は中々いただけないが、性懲りもなく送り続けている。

あちらとしては、いい迷惑だろうが、Kさんの意見を何度か聞いている内に俺の腕も多少磨かれたようである。何事も良き師匠に恵まれると、上達が早い。


撮影欲を満たした後は、当然食欲の番になるのだが、売店も食堂も軒並み閉鎖されているのには参った。晴天の日曜日にシャッターを下ろしているという事は「潰れた」と判断するしかあるまい。それとも、春とか夏とかの季節限定の商売なのだろうか。かつて―平成なのか昭和なのかはわからないが―観光名所のひとつとして、大いに賑わった時代もあった筈だが、現在はひっそりとしていて、繁栄の名残りを留めるのみである。嗜好的には、そのような雰囲気も嫌いではないのだが、名残りだけではお腹はいっぱいにならない。

食べ物系は終日休業の有様だが、湖面の一角にある貸しボート屋さんは営業しており、白鳥型のボートに乗り込んだ家族連れが、なめらかな湖面に優雅な航跡を描いていた。釣り客が密集しているエリアにあの白鳥舟が突っ込んだら、いったいどういう展開になるのか、蛮人の脳裏に物騒な想像が刹那過ぎった。


鎌北湖の北から南へ歩を進めると、中規模の駐車場があった。その一隅に釣具店を発見した。ヘラブナ愛好家が装備の増強やエサの補給に訪れるのだろう。商売として、充分成立しているようであった。嬉しい事に麺類やカレーなど〔軽食屋〕としての機能も有しているらしい。待望の〔湖畔カフェ〕に俺は辿り着いたのだった。それは良いのだが、大胆不敵な価格設定に驚かされ、投資の意欲を途端に喪失してしまった。案外美味しいかも知れないが、その反対の結果に終わるかも知れない。賭ける度胸のない者は、早々に立ち去るしか選択肢はなかった。

駐車場から数分の距離にある温泉ホテルにも寄ってみたが、食事の提供は宿泊客に限られるという回答であった。ホテルの脇に建てられた案内所も、現在は物置として使われており、寂寥感を高める舞台装置のひとつと化していた。

午後の冒険を控えて、飲まず食わずで出発するというのも芸がないし、第一危険である。いよいよ非常食の出番かなとも思ったが、結局温存する事にした。

俺はホテルの前に並んだ自動販売機(こちらは妙に新しい)に近づき、ミルクココアを一缶買った。普段はココアなど飲まないが、疲れた体が糖分を欲しており、決定キーに自然と指が伸びていた。ベンチに腰かけて休んでいると、地面に転がる猫を見つけた。飼い猫だろうか。野良猫だろうか。後者だとしたら、湖の魚(ヘラブナ)を食べて大きくなったのだろうか。

記念に写真を撮ろうとすると、猫はカメラの視線を嫌がるように、太めの体を左右に揺すった。拒絶のサインらしい。風景も難しいが、動物写真はそれ以上に難しい。