ブログネタ:秋になって食欲増えた?
参加中私は変わらない 派!
季節に関係なく、俺の胃袋は常に快調である。食べたいものは沢山あるし、経済力に恵まれていたら、連日連夜を食道楽に費やすだろう。だが、実際の食卓はささやかなもの。空腹を満たすだけの食事が多い。その反動だろうか。料理に関する随筆を読むのが好きである。世界には様々な食材が存在し、最適の調理法を確立しようとする人類の情熱(探究心)は相当なものだ。食に関する情熱とは〔食い意地〕と言い換えても良いのではあるまいか。率直に表現すれば、食文化とは〔食い意地の積み重ね〕なのである…なんて書いたら、またぞろ怒られてしまうかな。
昨夜、眠る前に『魯山人味道』(中公文庫)という本を読んでいたら〔山椒魚の食べ方〕が出てきて、好奇心を刺激された。芸術家兼美食家―北大路魯山人、昭和34年の文章である。魯山人先生は、山椒魚を珍味の代表格に挙げている。山椒魚の肉がどんな味がするのか、あなたは知っていますか?先生の説明を信じるならば〔鼈に似ているが、鼈のような臭みはなく、すっきりした上品な味〕だそうである。
肉質は固いが、煮込んだものを一晩置くと、びっくりするぐらい柔らかくなるらしい。山椒魚を美味しく食べるには、手間と時間がかかるのである。鼈肉すら未体験なので、想像さえできないが、山椒魚が優れた食材である事は間違いないようだ。
そんなに旨いのなら〔山椒魚料理〕の看板をかかげる店があっても良さそうなものだが、おそらく、オープン後、数日もしない内に閉鎖になるだろう。
何故かと言うと、山椒魚は採取や飼育が原則禁止されているし、種類によっては、天然記念物に指定されているからである。山椒魚を食べるのは現在では〔犯罪〕なのである。だから、山遊びや渓流歩きの最中に山椒魚に遭遇しても、捕まえたり、食べたりしないでください。牢屋に入れられても、知りませんよ。
食べるという事は、他の動物を殺す事である。殺さなければ生きられない…のが、人間に背負わされた宿命であり、何者もこの縛りから逃れる事はできない。文中、山椒魚を解体する場面が出てくる。これも、残酷と言えば残酷である。描写が緻密なのは、魯山人自ら包丁を握ったからだろう。
山椒魚を仕留める場合、脳天を砕くのが最も適切な方法だそうだが、その際、かの両生類は「きゅーっ」と、断末魔の悲鳴を上げるとか。山椒魚自身は肉食系の生き物である。腹が減ったら、同族でも食べるらしい。調べる前は〔山椒を常食とするおとなしい動物〕だと考えていたのだが、実態は全然違った。ユーモラスな外観に反して、結構獰猛な性質なのである。人類も両生類も見かけによらないものですな。