『殺しの四人』は、藤枝梅安が同業者に命を狙われるエピソードである。最初の殺人もやはり女であった。まだ仕掛人になる前の話である。衝動的とも言える犯行であった。この殺しが梅安を〔闇の領域〕に誘うキッカケになったらしいが、はっきりした事はわからない。追跡者の正体は女の亭主である。

無論只者ではない。凄腕の剣術使いである。斬殺の経験も豊富である。追跡者―井上半十郎から見れば、梅安は〔妻敵〕という事になる。銭金の問題ではない。男としても、侍としても、斬らねばならぬ宿敵なのだ。執筆の際、池波正太郎が常に意識しているという〔殺されても仕方がない…〕理由を梅安は持ってしまっている。

狩る側から狩られる側へ。たとえ主役であっても「絶対正しい」とは言い切れない。善玉と悪玉の区別も曖昧になり、物語は混沌の様相を帯び始めるのだった。


復讐に猛る殺し屋ほど厄介な存在も稀だが、梅安も「はい。どーぞ」と、自ら首を差し出すほどお人好しではない。かくして〔仕掛人対仕掛人〕の恐るべき攻防が展開される。梅安は相棒彦次郎の加勢を得て、半十郎と助太刀浪人を迎え撃つ。

暗闘場面の描写は意外にあっさりしている。池波先生の主眼は〔対決に至る経緯〕に置かれており、対決そのものには興味がないらしい。

アクの強い世界(血腥い世界)を描いていても、劇中に一定の気品が保たれているのは、その辺りが要因なのかも知れない。

どのような状況にあっても、梅安は女道楽と食道楽に熱心である。否「だからこそ」と言うべきなのか…。拭っても拭い去れない不安と恐怖が、快楽の道へと走らせるのだろう。彼は襲撃者の死顔に〔未来の自分〕を重ね合わせていたに違いない。


梅安「仕掛人で、長生きをしたやつがいただろうかね?」

彦次「先ず、いめえね」

梅安「そうだろうな…」


彦次「おれは、もう、間もなく死ぬような気がしてならねえ」

梅安「私もさ。仕掛人は、みんな、いつもいつも、そうおもっているのだよ」


両者の会話に暗殺稼業の虚しさが巧みに織り込まれている。 俺も四十路を目前に控えて〔死〕を身近に感じるようになった。仕掛人に限らず、人間は必ず死ぬ。有限の枠内で人間は生きているのである。刻々と減り続ける時の中で、どこまで自分らしさが貫けるか。通せるか。死は怖いし、不気味である。だが、自分を殺してまで生きていたいとも思わない。そのような思索の機会を、池波作品は与えてくれる。