朝を迎えても、中指の異常は治らなかった。片手で出来るような生易しい仕事ではないが、欠勤しようとも思わなかった。いつものように出勤の支度に取り掛かった。時計を見ると〔4:00〕を過ぎたところであった。時間だけはたっぷりとあった。
右手の自由が利かないので、必然的に左手の出番が多くなる。とは言え、主砲がぶっ壊れたからと言って、副砲が即座に代理を務められるわけもない。
なんでもない日常作業にいちいち大汗をかかなければならなかった。普段は意識もしていない「右手依存度」を思い知らされた形だが、知らされるのは、昨日か明日にして欲しかった。朝飯など、とんでもない話であった。荷物を部屋の外に出し、施錠を済ませると、それだけで疲労困憊の有様であった。幸い天候には恵まれた。良かった。この上、雨でも降り出されたりしたら、気が狂ってしまう。
寝不足特有の重い体を引き摺りながら、俺は最寄り駅へ歩き出した。バスの巡行が始まる以前の時間帯であり、自分の足で移動するしか方法がなかった。
駅に着き、電光掲示板を確かめると、始発電車が走り出すまで、20分ほどの間があった。この俺が「始発前」の駅に来る機会があろうとは!これだから、人生は何が起きるかわからない。突っ立っているのも業腹なので、駅前広場を横切り、マクドなんやらで珈琲を飲む事にした。
マクドさんの珈琲も決して旨いとは言えないが、値段が安いから助かる。この液体を「珈琲」と呼称していいのかどうかはわからないが、少なくとも「珈琲を飲んだ」という気分は味わえる。俺達は貨幣一枚で「気分」を買っているのである。だが、今日の気分は妙に美味しかった。気分最高である。
熱い気分―珈琲をすすりながら、俺は大先輩Nさんに送信するメールを作成していた。携帯電話の操作に関しては、左手でも特に支障はなかった。
むしろ、左手の方が「馴染んでいる」感じがした。これが、パソコンみたいにキーボード入力だったら、文字通り「お手上げ」だっただろう。