5年近く働いた職場と別れを告げる時がやってきた。最終日には、各部署から、餞別・寄せ書き・贈り物など、過分とも言える気遣い心遣いを頂戴した。さしもの俺も感極まり、号泣しそうになったが―涙腺が枯れているので―実際には出なかった。精神的に泣いたという事である。素晴らしい環境で働いていた事を,、俺は改めて認識した。量的にも内容的にも楽ではなかった。しかし、俺は人間関係がまともなら、職種はなんでもいいとさえ思っている方である。アホ面の類い(例:職場でお椅子遊びに興じる『園児』さん)もいないではなかったが、ごく少数であった。未練がないと言えば嘘になるが、去らねばならんのだ。運命には誰も逆らえない。


最終業務を終えた俺は、先輩中の先輩であるNさんを誘って、御徒町の【昧舟】に向かった。意外にも、御案内するのは今回が初めてである。お土産持参で駆けつけてくれたのが嬉しかった。こういうきめ細かな神経が―人生の達人として―周囲の信頼を集める所以なのである。流石の女将さんも、突然の花束に驚いていた。ボトルキープの焼酎(提供者:K氏)を使って、二人分のウーロンハイを作り、心地好く呑んだ。酒肴はイカの煮物、筑前煮、カンパチの焼物、カニの塩茹でなどである。いずれも旨い。一段落がついたマスターは、常連客―好敵手と将棋を指していた。


Nさんと話していて、俺は自分がやっていた仕事の本質(核心)を掴んだ気がした。この5年間、俺は異なる部署を連結する【橋】の役割を果たしていたのだ。俺は橋だったのである。普段は何気なく利用しているが、橋が消失したら、円滑な交通は難しくなる。向こう岸に渡れないから、引き返すか、激流に飛び込むしかない。

俺は職業意識が希薄な人間だし、頭もあんまり良くない。だから、無我夢中で動いていたに過ぎないが、どうやら、多少の存在意義は有していたらしい。俺の5年は決して無意味ではなかったようだ。それがわかっただけで、俺は満足であった。満足は自信に繋がり、心の支えにもなってくれる。暗雲漂う前途に、希望の光が差し込んできたかのように感じたのは、俺の錯覚であろうか。この日に貰ったメッセージカード(ポストカード)の裏面には、こう記されていた。「なんとかなるさ」と。