その日の午前、俺は近所のランドリーに来ていた。店内は俺一人、清掃係のおばさんもいないし、静かなものである。洗い上がるまでの間、暇潰しの道具として用意されているマンガ誌を眺めていた。俺はマンガが大好きである。

但し、全てのマンガが好きなわけではない。面白いマンガは好きだが、そうじゃないマンガは嫌いである。何億冊売れていようが、嫌いなものは嫌いである。面白い、面白くないの判定は、最終的に個人の感覚と嗜好に委ねられる。

俺の場合「目が死んでいるマンガ」は先ず受けつけない。猛烈な拒絶反応が発生するのだ。登場人物の目が死んでいるという事は、執筆者の目も死んでいる可能性が高い。もしかすると、読んでいる人間の目も死んでいるかも知れない。当今は「死んでるマンガ」が流行らしく、俺などには、とてもついていけぬ。

こういう類いはマンガ(萬画)とさえ呼びたくない。石ノ森先生も、きっと、草葉の陰で泣いておられるだろう。産業として成立するから続いているだけで、日本のマンガは「20世紀で滅んじゃった」のではないかとさえ思っている。マンガに生涯を捧げ、日々仕事に打ち込んでいる作家さんには、大変失礼な話だが…。


この日は勇気を奮い起こして「死んでるマンガ」の代表を試してみた。実にツマラナイ。台詞も構図も全く進歩が見られない。新世紀のマンガとは思えない泥臭さだ。

まあ、ツマラナイのは一向に構わないのだが、往年の名キャラクターを安直に引用(借用)する無神経さには、流石にカチンときた。我が愛好領域を土足で踏み躙られた気分であり、朝特有の爽快感も台無しにされてしまった。

この種の恥知らずに、巨匠面をされてはたまらない。もし、それが現実になったら、いよいよ末期的な段階である。その時、日本のマンガは、本格的滅亡を迎える。