最強最大の機械獣―地獄王ゴードンを駆って、Dr.ヘルは光子力研究所に迫る。総大将自らが本陣に斬り込んできたのだ!ゴードンの巨剣が研究所のバリヤーに接触して、激しい火花を散らす。この瞬間、俺の脳内に「聖アーバーエーの戦い」が再現されていた。光子力の奪取に恐るべき執念を燃やすヘルの姿が、復讐鬼幻夜のそれと重なったのだ。
今川監督の代表作『ジャイアント・ロボ』(1992~98年)では、究極のエネルギー【シズマ・ドライブ】が物語を駆動させる鍵になっていた。全シズマの根絶を目指す幻夜の最終目標が、世界一のシズマ発電所たる【聖アーバーエー】に定められたのは、戦略的にも作劇的にも、正しい選択であり、当然の帰結であった。
BF団が誇る異形の科学力が作り上げたアンチ・シズマの化物―大怪球フォーグラーを操って、野望の完成に突き進む幻夜と「最後の砦」を死守せんとする国際警察機構(梁山泊のメンバー)が、猛烈な攻防戦を繰り広げる。
超兵器VS超兵器の激突に加えて、集団剣戟の面白さも堪能できる動画史上に残る名勝負であった。あれほど凄いものは、その後体験していないし、これからもする事はないだろう。人類の命運には関心のなかった幻夜に対して、ヘルの構想は「来寇者の撃退」にまで及んでおり、敵役としては一枚も二枚も上である。個人的理由で組織を利用したという意味では、幻夜はあしゅら男爵に似ている気がする。
アーバーエーの決戦は警察機構の辛勝に終わったが、光子力戦争の場合は、善玉と悪玉、どちらが勝ったとも言えない異様な結末を迎えるのだった。ゴードンの崩壊―ヘルの打倒が、新たな地獄(あるいは、本当の地獄)の始まりに繋がるという展開には度肝を抜かれたし、虚脱感を通り越して、不思議な充足感を感じた。
正義の凱歌を得意気に謳い上げられても、すんなりとは受け入れ難い局面に俺達は立たされている。絶望的な幕切れが、俺の内面で回転している心情の歯車にぴたりと合致したのだった。
あしゅらが演出した「神々の降臨」には、不気味な静寂と妖夢めいた美しさが漂っている。それは、原作版『デビルマン』のラストシーンにも共通するものである。続篇を望もうとは思わない。これ以上、足しても引いても台無しになってしまう。絶妙の地点に(物語を)導いたのだから、動かす必要はない。又、動かしてはならない。