『夜明けのブランデー』には『某月某日』と題された随筆が、なんと六篇も収録されている。勿論、内容は各品異なるのだが、頭の悪い俺などは、どれがどれだかわからなくなったりする。池波先生ほどの作家でも、題名が思いつかない場合があるのだろうか。もしかすると、忙しい時や困った時に使用していたタイトルなのかも知れないが…。その内のひとつは『乱』(1985年)の評論に丸々費やされている。

黒澤明、執念の大型時代劇である。この映画、シェイクスピアの『リア王』との共通点が指摘されている。まあ、似ていると言えば似ているが、巨匠自身は「そんなに意識していなかった」そうである。前々から不思議に思っているのだが、黒澤マクベスである『蜘蛛巣城』(1957年)の評価が高いのに比べて、こちらの評価が異様に低いのは何故なのか?個人的には『蜘蛛巣城』より『乱』の方が面白い気がするのだが、専門家や評論家の文章は否定的なものが大半である。池波先生も「映像は素晴らしいが、物語はツマラナイ」という意見である。

自分の好きな映画が、集中砲火を浴びせられる光景は余り気持ちの良いものではないが―筋さえ通っていれば―なるべく受け入れるようにしている。池波先生の分析も、小説家特有の視点で書かれているから、とても参考になるし、納得できる部分も多い。再鑑賞の際に役に立つだろう。

同書には「池波画伯」の筆による一文字秀虎(仲代)と平山丹後(油井)も収録されている。先生の描く絵は、中々味わい深く、素人芸を超えた独創性を有している。