『必殺仕事人Ⅴ』は、1985年1月から7月にかけて放送された作品である。
小学生か、中学生の頃だったと思うが、学校から帰ってきて、テレビをつけると、やっていたのがこの番組であった。無論再放送である。大抵の場合、オープニングには間に合わない。仮に間に合ったとしても、途中でツマラナイ邪魔が入ったりして、まともに観られた試しがなかった。そんな状態でも、内容が大体把握できたのは、筋書きがシンプルだったからだろう。極端に言えば「毎回同じ」だったのである。
俺もバカだったので、途中経過には余り興味がなく、後半の「殺しの場面」さえ観られれば、それで満足であった。物語の旨味や醍醐味は「途中」や「経過」に含まれている事に気づくのは、まだまだ先の話である。
気紛れにDVD第1巻を借りてきたら、意外に面白かったので驚いた。あくまでも「無菌的な面白さ」ではあるが。シリーズも第23作を数えると、こういう風になるのかなと妙に納得した。当初は「型破り」を意識していた『必殺』も、次第次第に毒も牙も抜け落ちて、自らが「型のひとつ」になってしまったらしい。ハリネズミの針が取れて、丸くて可愛いアルマジロになったような感じである。これは洗練なのか、あるいは、退化なのか、判断を下すのは難しい。
時代の風潮も、番組の雰囲気に濃厚に影響しているのだろう。ハードボイルド調の異色時代劇なんて、もう流行らないのである。中村主水の表情も口調も、保守性を帯びており、微温湯的な既存ヒーローの範疇である。殺人者の凄味なんて、何処かに置き忘れてきたし、自分が何者なのかも、失念してしまったのかも知れない。
部隊編制も駆逐艦級巡洋艦級が中心である。層がやや薄い。ただ一人の戦艦である山田(五十鈴)先生が、流石の貫禄を発揮しているものの、意欲的に取り組んでいるとは思えないし、出番自体も少ない。それでも、エンド・クレジットでは別格扱い(トメ+起こし)であった。山田先生の場合は「出ていただいている」という制作側の認識なのであろう。クレジットと言えば、竜役の京本政樹が最初から三番目に、政役の村上弘明が最後から三番目に配置されていた。作り手の苦心が窺える。