反骨の映画監督・若松考二死去―突然の訃報に驚いている。昨年、新文芸坐で催された「原田芳雄・追悼特集」に登場した時はあんなに元気だったのに…。
人の生の儚さを感じずにはいられない。自作上映の後に用意されたトークショーの席で、監督は独特のユーモアを交えながら、原田さんの想い出を語ってくれた。
もう少し早い時期に医療施設に相談していれば「こんな事にはならなかった筈」と、悔やまれていた。厄介な病魔と闘いながら、精力的に映画を撮り続けている監督の言葉だけに、重みと説得力があった。同時に満身創痍の内面に煮えたぎる溶岩のような創作エネルギーに圧倒された。
尊敬する新藤兼人を目標に「生涯現役」を貫いて欲しかったが、彼の人生は思わぬ形で終幕を迎えてしまったのである。神は気紛れであり、運命は残酷である。
若松映画に関しては、二三本しか観ておらず、ほとんど手つかずの状態である。本来追悼文を書く資格などないのだが、自分でも説明のできない激情が俺を動かしたのだ。偶然か、必然か、最近「死」について考える機会が増えている。答えの見つからない難問ではあるが「死」に対して愚鈍な者は、結局「生」に関しても鈍感である。巷にはアホ面がウヨウヨしている。俺はそうは成りたくない。全力で避ける。
若松監督は暴力組織の構成員を経て、映画界に飛び込んだという異色の経歴の持ち主である。低予算のピンク映画で鍛えたテクニックの数々は筋金入り。ピンク時代の作品群に「新たな鉱脈」が眠っている気配がする。
こういう破天荒型の映画監督は今後出ないのではないか。その意味でも貴重な存在であった。若松氏の御冥福をお祈りします。安らかにお眠りください。合掌。